こんにちは。野球好きのブログ担当髙橋です。
キャンプが終わり、オープン戦が終わり、センバツも始まり、いよいよペナントが始まります。
一方で一足早く韓国ではメジャーリーグの開幕戦が行われました。
ダルビッシュvs大谷、松井vs大谷は注目されましたね。山本は…まあまだ1試合ですしね。
さて、日本だけではなく様々な国にファンがいる大谷翔平選手ですが、ご存知の通り今までにないトラブルが起きています。
私はアメリカの銀行や送金システム、法律については全く知りませんのでその部分には触れませんし
大谷選手に法的責任があるかどうかも今の時点ではわかりませんが
もし大谷選手が違法賭博への送金を全く知らなかった完全なる被害者で法的責任がなかったとしても
大スターの大谷選手にとって7億円は大したことがないから気づかなくても仕方ない
という擁護はもう30歳の大人相手にいかがなものかと思うのです。
なぜなら
・7億円というのは自分にとっては端金でも一般人にとってはとんでもない金額で、そのお金欲しさに犯罪も起こり得ることを想像できなかった
・一般人にとって大金が入っている口座を無頓着に他人に預けると、どういう事態が起こり得るか考えられなかった
・お金の流れに無頓着で、寄付や経費などで大金が動くにも関わらずチェック体制もロクに作らなかったため、結果的に反社会的勢力に7億円もの大金を自身の口座から流してしまった
・反社会勢力にお金を渡すことは理屈抜きで無条件に悪いことである
ということになるからです。そこに悪気があるかないかは関係ありません。
大谷選手は野球選手としては非常に稀有な存在であり、才能に甘えることなく真摯な努力を続けて今の地位を手に入れた尊敬すべき選手であります。
一方で、このようなスキャンダルに巻き込まれてしまいました。
市井の人間はこのことから何を学べるでしょうか?
それは
スーパースターの大谷選手といえども所詮は我々人間社会で暮らす1人の人間であり社会を回す1ピースであることを考えると、1000億稼ぐから社会の仕組みに無頓着で良い、勉強をしなくて良いというわけではない
ということです。
大谷選手の場合はあまりにも野球の才能があったために、それだけに専念できるよう多くの人が彼をサポートしてきました。
その結果、野球に関すること以外は世間の30歳より不慣れなのかもしれません。
これが20歳やそこらであれば周りにいる大人の責任だとも言えますが、もう30歳です。
多忙な大谷選手が自分で面倒な資金管理を全てやる必要は全くありませんが
他人に大金をまかせっきりにしたらどういう危険性があるのかを考え
金融のプロを雇うなどのチェック体制を整えるべきだったでしょう。
そして、忙しくても最終チェックくらいは自分でした方がよかったかもしれません。
ただの使い込みだけであれば大して問題なかったのですが、今回は結果が悪すぎました。
別に大谷選手が巨額のお金を失ってもよければ野球だけしていればいいのですが
今回は身近な人の裏切りに警察沙汰と神経をすり減らす事態になっており
彼にとって一番大切な野球にも影響が出かねません。
そういう悲しい目に遭いたくなければ、自衛としてお金や社会について考えた方がよかったということです。
人生においてどうしても防げない災難はありますが、考えて自衛をすることで防げる災難もあります。
勉強や社会経験と通して、考える力を養うべき時期に養っておくことはどんな人でも大切です。
大人として成熟するためには、やはり勉強が不可欠です。机上の勉強でも社会勉強でも構いません。
ただ、学生には机上の勉強をまず大切にしてほしいと思います。
せっかく教育を受ける機会を与えられているのです。
勉強が何の役に立つの?社会に出て因数分解とか使う?
よく言われることです。
では一般的な実生活に役に立つことだけ一部かいつまんで手短にお答えします。
算数や数学は論理的思考を育てます。それはもちろん仕事をするときにも役立ちます。
国語はコミュニケーション能力や会話能力を育みます。人間は社会性の動物ですから生きていく上でコミュニケーションは大切です。
理科は知らなければ命の危険にさらされるかもしれません。
社会は地理を知れば地の利や危険がわかりますし、歴史を知れば先人の知恵や失敗を学ぶことができ、自身の道しるべにもなります。
英語をはじめとした語学は言わずもがなでしょう。
もちろんこれらはほんの一部で、人によってその意味は無限大に広がります。
よくいい学校を出ているのに、あるいは勉強ができるのに◯◯ができない、◯◯を知らないなどと揶揄する表現がありますが、本来勉強ができる、勉強を頑張ることは無条件に称賛されれば良いことです。
その他の部分があまりにも抜け落ちているとそのように揶揄されることもあるでしょうが、それとこれとはまた別問題で、勉強をしなくていい理由にはなりません。
勉強をするもしないもその人の自由ではありますが、しておいた方が人生を豊かに彩るものをたくさん知ることができるでしょう。
そして、社会に出ると様々な誘惑や悪があることを知ります。それらから身を守る知見も、勉強をすることで身につけやすくなると思うのです。
勉強はいつ始めても構いません。やりたくなったときが一番の良いタイミングでしょう。
しかし、「やるべきときにやる」のが結局は一番ラクでお金もかからないように我々の社会はできています。
若者よ、たくさん遊んでたくさん勉強もしよう、それがあなたたちの未来をより良いものにすると私は信じています。