まずは他人の定義を明確にしておく。
末永く共に過ごしていきたいと
願っている人達以外の人のことを
ここでは他人と表現している。
家族や仲間、パートナー等
共に良くなっていきたいと願う人達との
関係においては、今から書く内容は
当てはまらないので、
これらの前提を、予め理解頂いたうえで
読み進めて貰えればありがたい。
タイトルにも書いたが
ここでいう他人のことが気になる時は
自身の目標が曖昧になっている。

自身の目標が曖昧な状態とは
自分が進みたい方向性や
達成したい目標があるのかないのか
はっきりしないような、
なんとなく時間が過ぎてしまっている
状態のことをいう。
38年も生きていると
人から相談される機会も増えてくるが
相談内容として最も多いのが
「人間関係」についてだ。
一通り相談を聞いたあとに
まず考えるのは、相談相手にとって
話の登場人物はここでいう他人にあたるのか
それともその逆なのかという部分。
もし、後者なら
相談相手と話の登場人物との関係は
そのまま相談相手の目標・目的に
結びつく場合が多い為、
関係を良好にする為の考え方の確認や
具体的なアクションを
一緒に考える場合が多い。
一方で前者の場合は、
相談相手自身の状況や考え方を聞いて
その人自身についての話が
メインになることが多く、
話の登場人物については
ほとんど触れることはない。
なぜなら、この場合
相談相手と話の登場人物との
関係修正は、イコール相談相手の
目標達成に結びつく訳ではなく
ただ単に気持ちに
共感して欲しいだけだったり、
悪口を聞いて
欲しいだけだったりする場合が多いからだ。
厳しい考え方だと思うかもしれないが
例えば目標を幸せな人生
充実した人生に置いた場合、
ここでいう他人のことを考えて
色々と思いを馳せている時間は
100%無駄な時間だと断言できる。
生まれる環境の優劣・体力的な優劣
容姿の優劣等、世の中は不平等で溢れているが
全ての人に平等に与えられているものがある。
それが時間だ。
1日24時間は全ての人に平等に与えられている。
唯一平等に与えられている24時間の中で
ここでいう他人に1秒でも時間を使うことは
目標・目的を達成する為に
必要な時間だと言えるだろうか??
幸せな人生・充実した人生に
必要な時間だと言えるだろうか??
答えは当然「No」だろう。
おそらく誰に聞いても
「それは不必要だよね」となる筈だ。
ではなぜこのような状態が発生するのか?
それは相談相手自身の
目標・目的が定まってないことが
原因になっている。
定まっていないから
その時間が、自分にとって必要なのか
不必要なのかが判断できないのだ。
もし、ここでいう他人に対して
1秒でもあれこれと考えてしまう場合は
同じ量の時間を、自身の目標・目的について
考える時間に充ててみることをお勧めする。
それが習慣化できたあとは
その時、気になっていた他人の存在そのものが
自分の頭から消えてしまっていることに
気付くだろう。