小さい頃から、

叱られないよう、褒められるよう、生きてきたら、

プライドが高いのにも気づかない傲慢な者になっていた。


愛なる神は、罪人の私を救い、

それだけでなく私をきよめようと、

時間をかけ、忍耐をもって、働いてくださり、

このプライドと言う不落の砦にも、光が当てられた。


人から何かを言われると、心に戦いが始まる。

「だって」とか「でも」とか、

自分をわかって欲しい、、、

自分の考えから長い間抜け出せないでいた。


それでも御霊の働きがあり、ある時自分がどれほど高慢かを示され、

悔い改めと共に、

「プライドはいらない。

いらないプライドを砕いてください」

と祈るようになり、


「ああ、そうか」と、

何か起こるたびに気づきが与えられ、、、


自分を取り囲んでいたプライドの砦が崩れ始めた。

足りない自分、間違える自分、罪の性質ある醜い自分が見えてきても、神はすでにご存知で、それでも愛され赦されている。

解放を味わい、感謝した。


新しくされる喜びと期待、ますます主を拝し、頼っていこう。