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~流れる雲ノオト~

雲は様々に形を変えて流れていく

一時として同じ姿にとどまらない

国語の教科書に出てたちょっと好きな話 ブログネタ:国語の教科書に出てたちょっと好きな話  参加中


国語の教科書にどんな話が載っていたかなんてほとんど忘れてしまったけれど、覚えてるのは梶井基次郎の「檸檬」だ。

中学か高校、どっちの教科書だったかな?

主人公の青年が、爆弾に見立てた檸檬を、丸善書店の平積みに積まれた本の上に置いてきて、本屋が吹っ飛ぶのを妄想するってお話だったと思う。

なんだそりゃ的な話で、文学作品というものは当時の私には全く理解できなかった。

ま、今もわからないんだけどね。

授業中、誰かが「主人公は頭がおかしいんじゃない」とか言い出して、なんとなく周りの生徒たちもそれに同意するような空気が広がり、クラスの総意として主人公は頭がおかしいということで決着しそうになったとき、
国語の教師が「それは違う。頭がおかしい人はこんなに整然とした文章は書けない」なんて力説し始めたことを覚えている。

その噛み合ってなさげなやりとりを傍観しながら、私は、国語の授業って一体何を目的にして何を目指してるんだろう??と疑問に感じていたのだった。

てわけで、好きな話というか、そんな好きでもないんだけど、これが一番よく覚えてる話ですね。

20年も過ぎ去った今でも覚えてるくらいだから、好きだったってことにしてもいいと思うんだ、うん。

ただ、そんなことを覚えていても、その国語教師が誰だったのかどうしても思い出せないんだな…


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妻が癌で余命一年と告げられたSF作家眉村卓は、妻が残りの人生を少しでも明るい気持ちで過ごせるようにと、妻に読んでもらうためのショートストーリーを書くことを日課にしたのです。

一日に一話。

妻が亡くなるその日まで書き上げた話が1778話という。

文庫本にはその中からセレクトされた52話が収録されてます。


眉村卓といえば、私は中学生の頃に眉村卓の少年少女向けSF作品を何冊か読んだことがあって、それ以来久しぶりに読みました。

懐かしい感じがした。

ひとつひとつの話は短いので空いた時間の暇つぶしに読むのにちょうどよかった。

作品自体はSF的風刺小話って感じかなぁ。
たまにニヤリとかクスッとする感じ。


妻に捧げるために毎日ひとつの完結した話を書き続けたということがスゴい。

プロ根性というか、妻への愛情というか。

長年連れ添ったパートナーが余命宣告されたときのショックは計りしれないだろう。

始めの方の作品はそのショックから立ち直りきれない中で書かれたぎこちなさのようなものを感じるし、奥さんの病状が比較的安定していたと思われる頃の作品は、作品も安定してる感じがする。(私の思い込みかもしれないけど。)
末期には、旦那さんの辛い心境が反映された作品になっていて切ない。

あと一年と言われた奥さんが五年近くも頑張れたのはこの旦那さんの愛情と無関係では無いだろう、と思えた。