IDENTITY V STAGE Episode.3 『Cry for the moon』を立川まで見に行って来ました。

 

以下ネタバレを含む個人的な感想になります。

 

超久々に生の舞台が見られるととても楽しみに行きました。

公演4日目、5日目にハンター編、サバイバー編を連続で見てきました。

キャストさんのキャラの作り込みも、衣装や小道具の再現度も高く、物語世界にとても没入しやすい土壌のはずでした。

 

なのに,主題が伝わりにくく、観劇後にひどくもやもやが残る舞台だったと感じました。

 

一つに舞台の見え方の問題がありました。

S席で観劇したのですが、2階席に当たれば、舞台を見下ろす形になるので、全体が見えて未だマシですが、奥行きのある造りだったので、細かい演技(例えば眉をしかめる等の)をされても伝わらず、ただの棒立ち演技に見えてしまいました。

1階席だと、板上に設置されたオブジェクトに邪魔されて、役者が見えない事が多々有り、つまらない時間が結構ありました。一番酷かったのは、開幕時、占い師が歩いてきて舞台真ん中で赤い花ないしは花の中に埋もれていた薬草?を摘むシーンがあるのですが、舞台際でオブジェクトが近かったりすると、役者が全く見えず。ただ天井からのスポットライトで今役者がどの辺りにいるのか推測する時間がある。という状態。何か意図があってあのシーンを入れているはずなのに、それが伝わらない人が劇場内に居るのは致命的では無いでしょうか。

 

チェイスマップを湖景村にした意味が「水に映る月」が必要だっただけ。という弱さ。

せっかくの湖景村。ゲームをプレーしたことのある人なら、「広いマップ」「船上もしくはアスレでチェイスを稼ぐ」の印象が強いと思いますが、その表現が全く無い。せっかく広い舞台なのだから、RQシートなど作らず、その分湖景村の「船」を再現した方が見る人の満足度は増したのではないかと愚考しました。せっかくサバイバーに祭司を入れたのだから、「湖景村」で「祭司」とくれば定番のワープゾーンがあったり、ゲームをプレーしている人の「あるある」感を刺激するポイントはもっと有ったはず。

舞台奥に二階建ての足場を組んで、手前に大きく穴の空いた壁を作る。階段駆け上って、甲板走って、手前に飛び降りるぐるチェ。階段の無い所でも下りられる祭司のワープ。穴まで行かずとも手前の壁を抜けられる祭司のワープ。船上に繋ぐロングワープ。

前半だけで4回もゲームをやるのに、あれではマップが「湖景村」と印象に残らない。手前の張り出した部分だけでせせこましく駆け引きをしていて、「軍需工場」や「レオの思い出」で良くない?と思ってしまった。

 

後半に入って突然始まるディズニーな演出に面食らいましたが、ある意味『夢』感を出すのには最適だったのだろうとは思いますが。

わざわざ白グランドピアノを天井から下ろしてくるなら、16小節ほどの簡単なメロディーラインです。役者さんに練習してくるように頼むなり、弦を抜いて鍵盤を押しても音が出ないようにして適当に指を落としてもらうなりしても良かったのではないでしょうか。あの近さです。手が浮いていたら分かってしまうのです。正直興醒めでした。役者さんだってプロですから、「やってきて」と言われれば「出来ません」とは言わないでしょう。

舞踏会シーン。立ち位置・移動の徹底がされていないのか、ちょくちょくあぶれて一人で踊っているキャストが居ました。ワルツなのに揃わずてんでバラバラ。後夜祭の学生が踊るフォークダンスの方が未だ揃って見える気がします。

 

後半クライマックスで、一番大事なシーン。

先ほども言いましたがTACHIKAWA STAGE GARDENはキャパ2000の比較的大きな劇場です。大きな劇場では大きな表現が必要になります。なのに、充分その広さを活かせず伝わらない。

おそらくですが、占い師と血の女王が(詳しくは描かれてないけど)心の距離を縮めていくはずのシーン。なのに、二人の立ち位置・距離の変化が無く、広い板を広く使わなければいけないと思っているのか。歌いながら歩くシーンで距離が縮まるどころか、むしろ開くしまつ。

「友達になろう」と言うのなら、手を差し伸べてエスコートぐらいしても良かったのでは?

マリー様が鏡を出した時点で一度手を離し、「いいのかい?」と問いかける。

マリー様が特別頷いたり微笑んだりする細かな表現は要らないから、今度はマリー様の方が占い師に手を差し伸べて「行きましょう」と促すぐらいの強い意志を見せても良かった。

でないと、ハンター編のエピローグで荘園に戻って来たマリー様の掌返しな態度があまりに唐突過ぎる。

だって、あれだとおそらく、こっちに戻って来た時マリー様はおそらく「一人で」立っていたのだろうし。(占い師はどこかで一人蹲って寝ていた訳だし。)「一人にしないで」とあれだけ劇中で訴えていたのに、戻って来たら「一人だった」と推察出来る状況で、マリー様の変化は不自然。

ハンター編大ラスでマリー様が少しだけ歌う場面。歌詞を変えても良かったのでは?

「私の側で笑う人々」

「私の『ために』笑う人々」

劇中で散々口ずさんできて、一種のマリー様の願望記号となっている。

だったら、最後は

「私の側で笑う人々」

「私と『共に』笑う人々」

と変えても良かったのでは?荘園に戻ってあの掌返しの態度をとった後にも拘わらず、相変わらずの歌詞を口ずさんで暗転したら。

結局、マリー様は何も変わってない。

って事になる。折角の余韻がハッピーエンドにならない。結局、占い師が女王の我が儘に巻き込まれて振り回されただけ。という実も蓋もない話。

 

もう一つ伝わりづらくて友人とも議論の的になったのは、『白の世界』のシーン。

『白の世界』に居たサバイバーやハンターがあそこまで『現実から紛れ込んだ』イライくんやマリー様に働きかけ影響を与えるなら、そこに多少なりとも『現実のサバイバーやハンターの影』が無いと説得力が無い。あそこは言うなればマリー様とは関係無く、もともと存在していた『女王を敬い奉っている世界』。偶々マリー様にとって都合のいい世界だっただけ。マリー様が作った世界では無い。なら、衣装を通して『記憶』が流れこんで来るだけで、あそこまで『白の世界の住人』の『感情』が動くだろうか。名前を与えられて『役職』ではなく、『個』を強調されて戸惑っていた彼らが、マリー様やイライくんに肩入れするのは何故?

『仲間が心配している』という符号を強調するなら、具体的で無くていいから、現実に帰ってきた彼らに「お帰り。」と声をかけるだけでいい。観客はそこに勝手に意味を想像する。そのぐらいの演出をしてくれても良かった。

 

伝えたい事が絞り切れて居ないのか、あれもこれも詰め込みすぎて、とっ散らかって、観劇後「で?」となってしまった。

 

後もう一つ。

今回は稽古中にゲーム稽古をしていないのでしょうか。

マリー様が『歌えない』と表現するのが、すごくとってつけたようで気になってしまいました。

『歌えない』と表現するなら、ゲームシーンで、カウボーイを椅子に座らせてキャンプする場面がありますよね。あそこで、ゲームをしている人ならマリー様が「たっ♪たっ♪た~…けほっ、けほっ…」って聞こえるような気がしませんか?

ゲーム中にセリフでゲームあるあるを話すばかりでなく、そういう再現もして欲しかったかな。

折角、鏡像の表現が素晴らしかったのに。残念です。

 

何か、ダメ出しばかりの感想になってしまいましたが、Idenntity V STAGEが好きだからこそ。もっと良くなって、もっと色んな人に感動を届けて欲しい。と思っています。もっと舞台好きの人が増えて欲しいと思っています。

キャストの皆さんのキャラの作り込み本当に素晴らしいんですよ。

衣装さん、ヘアメイクさん。小道具さんの再現の高さ、神懸かり的です。

劇場運営スタッフの皆さんも丁寧で気持ちがいいんです。

だから。

 

観劇後の帰り道、

「モウロ可愛いよね。今度ランクマで見かけても「変えろ」って圧かけないで見守ってあげようかな。」

とか

「ハスター様かっこよかったな。今度使ってみようかな。」

「あ。私、納棺師使ってみたい。」

そんな声を聞きました。

観た人に影響を与えられるって凄いことです。かく言う私も、美智子さんのチェイスが格好良くて痺れたので、練習しようかな…と思いました。呪術師の板前スタンからの板当ても練習したいですけど…笑