今日から重度障害児の父親です〜重度心身障害児の娘との日々〜

今日から重度障害児の父親です〜重度心身障害児の娘との日々〜

産まれて9か月で細菌性髄膜炎にかかり、重度の後遺症で肢体不自由になってしまった娘。全てを失い鬱病になった私。家庭崩壊ギリギリから前を向いて歩き出すまでのエピソードや気持ちを書こうと思います⭐︎

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こんにちわ。

 

仕事で最近都内を走り回っている。

 

東京タワーや六本木ヒルズ。

 

20年前に地元から上京してきた私。

 

あの頃はどれも興奮しながら眺めていた。

東京にいるんだなぁ~と。

 

でも今では何も思わなくなってしまった。

 

20年も見ているとあるのが当然、普通になっている。

 

そこにあるのが普通。

 

いつも見ていると、見慣れていくんだなぁ。

 

夏に24時間テレビが今年もあった。

 

毎年、賛否両論ある。

 

障害や病気、当事者や当事者家族の中でも賛否両論。

 

自分も障害児の父親として毎年考える。

 

自分は否定的では無く。

 

頑張っている人、頑張った人を応援したり、

そこから学ぶのは人として当然なのではないかと私は思うから。

 

ただ、毎年思う。

 

年に一度主役になるからみんなどうしていいのかわからないのかなぁという事。

 

今までもそう。

 

車いすの女性と美容師の恋愛ドラマや、

 

耳の聞こえない男性の恋など、感動を呼んできた。

 

なのに現実となると感動ポルノだとか、特別扱いし過ぎとか。

 

主役扱いされるから、特別扱いされているイメージになるのかなぁ?

 

どう接していいのかわからないのかなぁ?

 

主役にはどうしても守る仲間と攻撃する敵が出てくる。

 

毎日娘の介護をしていたり、

娘の友達といる私としては、障害は普通の事になっている。

 

小学1年になる私の息子は小さいころから障害のあるお姉ちゃんを見ている。

 

同じような障害のある子供達とも遊んでいる。

 

息子にしてみると障害は特別な事ではなく、普通の事になっているのだ。

 

特別に手伝うのではなく、手伝う事が当然になっている。

 

息子に一度、障害をどう思うか聞いたことがある。

「障害とか良くわかんないけど、自分は出来るから、出来ない子がいたらやってあげれば良いよね」

と言っていた。

 

最近、Eテレにも、車いすに乗ったキャラクターが、

 

脇役で存在し、それに対して特別に触れる事も無く周りも普通に接している。

 

もっともっとそういった形で取り上げられたら、

 

世の中も変わるんじゃないかなぁって。

 

ドラマの主役が、ためらう事無くエレベーターを譲るシーンがあったり、

 

特別なコーナーとしてではなく、

スポーツコーナーで障害者スポーツが放送されたり。

 

多様性と偉い人達が、何となく良いこと言ってる風にするのではなく、

 

普通に普通に、何もなくそこに存在していれば、

 

おのずと優しい社会は出来上がるのではないのかなぁなんて最近思っている。

 

エレベーターを譲ることが特別だから、

譲った方はありがとうを求め、譲られた方はありがとうを言わなければいけない。

 

でもお互いが普通なら、譲った方も求めないし、譲られた方も責任を負わない。

 

そんな社会になったらお互いに住みやすいんじゃないかなぁ。

 

そんな事を考える。