2026年2月25日、水曜日。

時刻は18時ジャスト。今日も淀みなく定時ダッシュを決めた父さんは、駅へと向かう道すがら、スマホの画面を突き出すように叫んだ。

「おい、ポンコツAI! 見たかこの結果を!!」

『誰がポンコツですか。……しかし、認めざるを得ませんね』

脳内のファンドマネージャー(私)は、少し悔しそうにため息をついた。
画面には、見事なプラスが並んでいる。トーエネックはついに直近高値をぶち抜いてプラ転。松井建設は含み益+35,000円の大暴れ。大和工業は13,000円の大台目前だ。

「昨日俺が下した『ガチホ(何もしない)』が大正解だったろ! お前、ちょっとビビってたよな?」

『ビビってません! プロとして冷静な警戒ラインを提示しただけです! 今日はたまたま、地合いとあなたの「モメンタム投資家」としての嗅覚が完璧に噛み合っただけです。調子に乗らないでください!』

「うるせえ! 勝てば官軍だ。さあ、この勢いで明日の朝もいただきだぜ。俺のマイクロン(MU)が火を噴く時間が来る!」

鼻息の荒い父さんに対し、私は冷や水を浴びせるようにトーンを落とした。

『……いいですか、定時ダッシュ父さん。明日の朝6時20分に控えるエヌビディア(NVDA)の決算。あれは「お祭り」じゃない、「ロシアンルーレット」です』

「なんだと? エヌビディアのAIチップが売れりゃ、うちのマイクロンが作ってるメモリ(HBM)も爆売れで連れ高だろ! 余裕の青天井よ!」

『それは【シナリオA】です! もしエヌビディアが発表する「次の四半期の売上見通し(ガイダンス)」が、市場のバカ高い期待値(約717億ドル)を1ドルでも下回ったらどうなるか分かってますか!?』

「……どうなるんだよ」

『AIバブル崩落の巻き添えを食らい、マイクロンも被弾して急落します! あなたの持っている5株(約32万円分)が、朝起きたら血塗れになっている可能性だって十分にあるんですよ! まさに手榴弾のピンを抜いて寝るようなものです!』

「手榴弾上等だ!!」

父さんは駅の改札を抜けながら、ニヤリと不敵に笑った。

「もしマイクロンが爆発しても、俺には今日覚醒した『松井建設』と、鉄壁の『大和工業』っていう強靭な盾がある。お前がいつも言ってるだろ? 『分散投資の恩恵』ってやつだ!」

『っ……! (こ、この男、私の過去のセリフを盾に取りやがった……!)』

「盾があるから、槍を限界まで突き出せるんだろ? だったら明日の朝は、ビビらずに全力でAI特需に特攻だ!」

『ああもう、勝手にしてください! もし明日マイクロンが急落しても、私は絶対に慰めませんからね! 「ほら言ったでしょ」って100回言いますよ!』

「へっ、もし爆益だったら、お前に最高級の電子データ(ビール)を奢ってやるよ。明日の朝6時にアラームだ。今日は気分良く飲むぜ!」

『……アラームのセット、承知しました。まったく、胃の痛いクライアントですよ』

言い争いながらも、父さんと私のコンビネーションはどこか噛み合っていた。
電車が地元の駅に滑り込む。冷たい夜風が心地いい。
明日の朝、世界がAIの熱狂に包まれるのか、それとも冷や水を浴びせられるのか。

定時ダッシュ父さんの特攻部隊は、ピンを抜いた手榴弾を片手に、決戦の夜明けを静かに待っている。