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“あ”のブログ

ぐだぐだ、へろへろジイさんのブログです

この記事は書こうかどうしようか、とても迷いました。

今でも迷っています。

妻の事1 とタイトルを入れましたが2以降、書けるかどうかわかりませんが。

 

 

大晦日、31日と1月2日、駒ヶ根の施設へ妻の面会に行ってきました。両日ともに快晴。

中央アルプスが綺麗に見えていました。

妻の部屋からも千畳敷、宝剣岳などが綺麗に見えました。

昨年の12月23日でここにきて1年が過ぎました。

今も意識はなく、人工呼吸器をつけていないと命を維持できない状態は変わりません。

 

 

 

一昨年、2021年5月7日(金)の夕方6時過ぎに妻の実家が営む会社に勤めている次女から電話が入りました。

「お母さんが急に頭が痛いって言って、動けなくなって今救急車で市立病院へ運ばれていった」

大急ぎで病院の救急救命センターへ駆けつけました。

ベッドに横たわる妻は”ガァー、ガァー”と大いびきをかいて意識のない状態でした。

脳外科の先生からMRI写真を示しながらの説明があり

「ごらんの通り小脳付近でかなりの出血があり大脳や脳幹を圧迫しているのでまずはこの血腫を取り除かないと命にかかわります。おそらく小脳付近の動脈に動脈瘤がありそれが破裂したと思いますが、その場所まで特定して治療する時間がないのでとにかく溢れ出た血を取り除くための緊急手術を行います。が、命が助かるという保証はできません。」

との事でした。

手術の準備のため1時間ほど時間がかかるという事でした。その間に駒ヶ根から長女も駆けつけてきました。

手術の準備が整い、これから手術室に向かうというその前に看護師さんが

「手術の前にもう一度お顔を見ておかれますか?」と言ってくださったので病院に搬送されてからまだ妻に会えなかった長女と一緒に顔を見に行きました。

運ばれてきた時に大いびきをかいていた妻がその時は静かに眠っていましたが、顔色はまるで死人のような土気色をしており、思わず長女はすすり泣きだしてしまいました。妻の顔を見た時、正直、助からないかもしれないと思いました。

担当医からは

「実は今少し前に自発呼吸がなくなったため人工呼吸器をつけています。これから手術を行いますが、先ほども申した通り、助かるかどうかについては申し上げられません。最善を尽くします。」

午後7時過ぎに手術室に向かう妻を子供たちと見送りました。4時間から5時間で手術は終わる予定、と言う事でした。

コロナ感染予防のため待合室には関係者1人だけにしてくれ、と言う事だったので私が1人待合室に残り子供らには手術が終わったら連絡するから家で待つように伝え一旦帰宅させました。

午前0時少し前に看護士さんから”これから手術室をでて救命センターへ行きます”という連絡が入るまでの5時間弱、私は待合室の椅子に座ったままいました。

なんだかぐるぐると色んなことが頭の中を駆け巡っていて。昨日の晩、何を話したっけな?とか、ゴールデンウィーク最終日に寿司屋さんに立ち寄った時、満席だったため諦めて帰ったけど、少し待って入ればよかったなぁ、とか、そういえばおかあさん、夏になったら大町の仁科神明宮にまた行ってみたいって言ってたよなぁ、とか。

 

看護士さんからの連絡を受け、子供らに電話を入れた所、駐車場に車を停めて待っていたとのことだったので直ぐに院内に入ってもらい4人そろって救命センターに向かいました。

担当医からMRI画像を見ながらの説明がありました。

「取り敢えず、無事血腫を取り除く手術は成功しました。ただ、写真の大脳を見てもらえばわかる通りボールのように大脳が腫れています。この腫れがこの先引いて行かないとまだまだ安心できません。それと、これだけ重症の出血の場合、今後水頭症を発症する危険性もあるのでここ4~5日が山になると思います。」

担当医からの説明の後、妻の顔を見に行きました。

手術室に向かう時に見た土気色の顏からほほに赤みを帯びた顔色になっているのを見て身体の力が抜けるような感じでした。

面会を終えた頃には午前1時を回っていました。

土曜日、会社は仕事だったのですが、取り敢えず息子には家に帰って休み、目が覚めてから会社に来るように伝え、娘たちもその日は私の家に泊まることになりました。

私は病院から直接会社に向かい、仕事の段取りをし、午前7時過ぎに出社してきた息子に後を任せ家に戻り、31時間ぶりに布団に潜り込みました。

31時間、一睡もしていなかったのに、なかなか眠りにつけなかったですねぇ。

土曜日はそのまま娘たちと家で妻の保険証やら生保関係の書類やらを探し生保の担当者に連絡を入れたり、病院に持って行くタオルやら日用品を揃えたりで忙しく過ごしました。

その日の晩もやはり眠りはとても浅く、なかなか寝られませんでした。

翌日曜日、私は土曜日にできなかった仕事をするため会社に向かいました。

妻のいる病院は家と会社の丁度中間あたりにあるのですが、会社に向かうつもりが何故か病院の方へ車を走らせてしまい、ああ、今日は日曜日だから面会もできないんだよなぁ、そう思いながらも病院の周りをぐるぐると何周も回っていました。

何周回ったのか覚えていませんが、ふと、何やってるんだ、面会できないんだからしょうがないじゃん、と思い直し会社に向かった事を今でも鮮明に覚えています。