私の化粧ポーチの中には、小さな藍色の袋が大事にしまってある。紐をほどくことはめったにない。けれどこの存在に、私は何度も助けられてきた。
小学三年生の頃、私はテレビで見た郵便ごっこにはまった。ダンボールに小さな横長の穴をカッターであけ、赤い折り紙を貼ってポストを作った。はがきや切手も自分でこしらえ、両親や一つ年上の姉に手紙を書くよういつも催促していた。「おはよう。お父さん今日もおしごとがんばってね」、「今日はゴルフをしたので、はなのあたまがまっ赤になりました。」何気ない普段の会話でも、どんなに短い文章でも、誰かからはがきが届くと嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
そんな簡易郵便局が志村家にできてから半年程経ったある日、ポストを開けると母が書いた姉宛のはがきと、私宛のはがきが入っていた。「おかあさんもいっしょうけんめいがんばります。いずみも何でもがんばってください。しっかりいずみがだいすきです。きみえより」と見慣れたきれいな字で書かれたはがき。その日の夕食後、母が病気で入院すること、だから家族皆で一緒に頑張ろうねというようなことを、父が言ったのをぼんやり覚えている。母のはがきの言葉の意味が、急にずしんと心に響いて、幼いながらも「私がしっかりしなくちゃ」と思った。姉宛のはがきは、読まずにそっと姉の机の上に置いた。
あれからもう十年以上が経つ。母は懸命に辛い治療に耐えたが、私が小学六年生の時に、静かに息を引き取った。母が大きな手術をした時、友達との仲が上手くいかずに悩んでいた時、父に反抗期だった時、高校三年で進路を決めた時、初めての恋に戸惑った時、就職活動で苦しかった時。辛い時はいつも、きれいな平仮名ばかりの母の言葉を思い出す。紐をほどくのは、本当にどうしようも無い時だけ。頭の中でゆっくりと言葉を思い出すだけで、母が背中を押してくれる気がするから。