前回のブログに変なのが湧いたのでコメント欄はアメンバー限定にしました。
Facebook、mixi、Twitter、Instagram、そしてアメブロやってまして、全てにおいて告知以外はほとんど違う内容を書いてます。能力が足らずに管理が追いつかないのでコメントは今までどおりFbへ頂けると助かります。
さて、お酒の話。
というか、今回は酒場にまつわる自身の話。
行きつけの飲み屋で知り合った男とバンドをやり始めてもう15年が過ぎた。
当初は2人で始め、すぐにもう1人ギターを入れての3人のユニットだったが、とある柳ヶ瀬のライブバーに通うようになってからそこのマスターに紹介してもらったドラムとベースが加わりバンドになった。
そのライブバーの名はコーギーバーという。
小柳町という、柳ヶ瀬の繁華街から少し東に行った、知らない人はあまり通らないさびれた横丁にあった。
あった、と書いたとおり、今はもうない。
マスター本人もすでにこの世にいない。
こういうとけっこうな年齢のオヤジを想像するであろうが、亡くなった時はまだ50歳ちょっとだった。
ゆえに知り合った時はお互い30代で、音楽について、ライブについて、熱く語り合ったことを今でも思い出す。
我々はコーギーバーで月1回のブッキングを任されていた。
自分たちで対バン相手を探し、月に一度必ずバンドを呼んでライブをやるのだ。当時、キャットフードという先輩バンドもコーギーで月1ライブをブッキングしていた。
ところが芸歴の長いキャットフードと違い、我々はいかんせんまだ音楽始めて日が浅い。
ふた月、み月ライブをやればもうネタは尽きる。
まずは人脈を作らないと、
ということで対バン探しのため、我々は毎週いろんなライブハウスに行った。
目をつけたバンドに片っ端から声をかけてコーギーライブに誘った。誘った以上、なるべくその付き合いを長続きさせる努力をした。その人たちのライブを見に行ったり、見に来てもらったり、打ち上げで飲み歩いたり。
たまに交友関係の広さを言われることがあるが、すべてはこれが素地になっていると思う。
そんなある日のコーギーでのライブのこと。
私はよくMCで自虐ネタを使うのだが、
その日は自分のことを「ババァ」と呼んでいた。
今思えば35歳の女が自分のことをババァ呼ばわりするのは大変不遜で見当違いな自虐であり、世の先輩女性方にしてみたら失礼極まりない発言であった。たぶん今の私が聞いたら脊髄反射で怒りまくっていただろう。
ただその時そんなことはお客さんもメンバーも誰も気にすることなくスルーしていた。
しかし、である。調子に乗ってペラペラしゃべってる私にいきなり、
「そのババァはやめて!」
と大きな声が飛んできた。
声のする方を振り向くとそれはマスターだった。
ふだんからライブの後に反省会と称して演者にキツいダメ出しをする人ではあったが、私に関してはそれまで叱られたことなど1度もなく、ましてやライブの途中で注意することなどなく、かなりびっくりした。
「圭香さん、ババァは言っちゃダメだよ」
マスターはもうひとことそう言って黙った。
その後のライブのことはまったく覚えてない。
家に帰ってから考えた。
(そうか、ババァって言っちゃダメなんだ。そうだよな、私、まだババァって年齢じゃないんだな)
浅はかにも私の反省はそこで終わった。
十余年の歳月が経ち、マスターが亡くなったのと同じ年齢になった今、老いることや死ぬことが無縁ではなくなってきたことを実感する。
世の中の若いコは皆口々に「30過ぎたらババァやん」という。
それはあの時の私だ。
あの時私が吐いた言葉は今、私に返ってきている。
天に向かって吐いたツバはまさに自分にふりかかるのだ。
私は思う。
ならば老いることを楽しめる世の中にすればいいのだ。
派手でいいじゃない。好きな服着て好きなヘアースタイル決めて、人生って楽しいよって笑っていればシミもシワも白髪もアクセサリーの一部になる。
そして同時に思うのは、老いるということは叱ってくれる先輩もいなくなってしまうという事実。
もしも自分の至らなさを教えてくれる人がいたら、その人は素晴らしい財産だ。大切にしなくてはいけない。
たしかにその時は嫌な気分になるだろう。そんなこと言わなくていいのに、と恨むかもしれない。
しかし言われたことが長い間頭にこびりつけばこびりつくほど、歳を重ねた時にその意味がわかる。
私は今、苦言を呈してくれた人たちを思い出しては自分の仕上げに取り掛かっている。

