幼い頃から、何かに熱中していない人を見下してしまう性格だった。

正確には、物事に対して熱くなれない人に対して嫌悪感を抱いてしまう。

部活や勉強もせずに、一年中夏休みのようなダラダラとした生活を送っている人のことは心底見下していたし、何故時間を無為に過ごすのか私には到底理解できなかった。

部活終わりに見る、誰かが遊びに行っているところを投稿したインスタグラムのストーリー程見るに堪えないものはない。オフの日や自分も遊びに行っているときには何も感じないのに、部活終わりにだけそう感じるのだから愚かであるし、私は人間として欠陥品なのは間違いない。

しかしそうは言っても、とにかく他人が自分以外の人間と楽しそうにしている写真や映像を視覚することに対して、私には何らかの抵抗がある。アレルギー反応に近いのかもしれない。

 

大学生にもなると、授業にも行かずに奔放な生活をしている人や、何の生産性もないコールを叫んでいる集団、マッチングアプリなどを通じてとにかく遊び相手を探す人など、「終わっている」人間を目にする機会が増えた。

 

中でも嫌いなのが、サークルである。人生の全ての判断基準が女性ウケするかどうかになっている男、トークスキルのない顔だけで生きてきたイケメンをひたすらにもてはやす女、カラオケでは必ず優里を歌う男、みんながやっているからと金髪マッシュルームに明らかにオーバーサイズの半袖を着る男、恋愛脳で中身のない女、そんな奴らがよりにもよって大勢で集まっていそうな、そんなサークルが嫌いである。

実際にはサークルに所属したこともなければ体験や新歓に行ったこともないため、これらの印象は勝手な偏見である可能性が高い。しかし、やはりサークルには「熱い人」はいないだろうし、いたとしてもごくわずか、飲み会に対して熱い気持ちを抱いていても鼻で笑ってしまうし、そもそも私がサークルに入ったとして周りに熱い気持ちを求めていたとしたら、私の方が野暮な人間となるだろう。

 

そんな人々と関わることもなく、思いきり熱い心を生かせる場所はここしかないと、部活の道を選んだ。

やはり私の見立て通り、部活には本気で競技に取り組みむ者や熱い気持ちを持って試合に臨むものが大勢いた。そして私もそんなチームメイトにも引けを取らないぐらいの熱い気持ちを持って毎日を過ごしている。

だが残念なことに、部活にも熱い気持ちを持てない人やいわゆる遊び人、クズ男のような人もたくさんいた。

そんな人たちのことをやはり私は生理的に受け付けることができなかった。チームメイトとして穏便に接することや同期としてみんなで遊びに行くことはあっても、その人の発する言葉の端々から感じられる女マウントや、私の生活とはまるでかけ離れたような行動に対して理解することはできないどころか、汚らしい物を見ているかのような嫌悪感まで感じてしまう。合コンに行ったという話を聞いただけで、その人のことが汚く見える。何故そう思うのか上手く言葉にして形容することは難しいが、少なからずその嫌悪感の中には嫉妬や経験のない自分への後ろめたさが含まれている気がする。こんな思いを共感してくれる人は、少なくとも私の周りにはいないだろう。だからこそ、この気持ちはこの場に供養しておく。