どうも、木津です。
テラン・リバースに触れてから、私は「優しさ」という言葉を、前より少し疑うようになりました。
というより、もっと正確に言うと。
優しさの顔をした自己犠牲に、かなり敏感になりました。
もちろん、人に優しくすること自体は悪くありません。
誰かを助けたいと思うことも、困っている人に手を差し伸べることも、たぶん美しいことです。
でも。
その優しさの裏で、自分のカラダ様がずっと悲鳴を上げているなら。
その「大丈夫です」の奥で、胃が重くなっているなら。
その「私やります」の後に、夜ひとりで「なんで私ばっかり」と思っているなら。
それ、本当に優しさですか。
それとも、嫌われたくないだけですか。
今日はこの話をします。
「いい人」でいるために、自分を雑に扱うのをそろそろやめませんか。
はい。
胸に手を当てた人、いるでしょう。
そうです。
あなたです。
いや、まだ責めていません。
逃げないでください。
今日の話は、あなたを悪者にする話ではありません。
むしろ逆です。
あなたはたぶん、ちゃんとしてきた。
空気を読んできた。
人の期待に応えてきた。
誰かが困っていたら助けてきた。
自分が少し我慢すれば丸く収まる場面では、
だいたい自分を引っ込めてきた。
その結果、周りからはこう言われる。
「優しいよね」
「気が利くよね」
「頼りになる」
「話しやすい」
「あなたがいて助かる」
気持ちいいですね。
麻薬です。
この「いい人認定」は、かなり中毒性が高い。
しかも厄介なことに、社会的には褒められる。
だから、自分でもなかなか気づけない。
でも、ここで冷静に見てください。
その「いい人」を維持するために、あなたは何を差し出していますか。
時間。
睡眠。
本音。
体力。
集中力。
休日。
自分の予定。
自分の感情。
自分の違和感。
カラダ様からの警告。
けっこう差し出していますよね。
それ、本当に優しさですか。
それとも、嫌われるのが怖いだけですか。
「大丈夫です」は、だいたい大丈夫じゃない
あなたは、反射的に言っていませんか。
「大丈夫です」
「いけます」
「私やります」
「気にしないでください」
「全然平気です」
「問題ないです」
その言葉を出す直前、身体はどうなっていますか。
一瞬、胸が詰まる。
胃が重くなる。
肩に力が入る。
呼吸が浅くなる。
口角だけが先に動く。
頭の中で「まあ、やるしかないか」と処理する。
それ、もう答え出ています。
カラダ様はNOと言っている。
でも、あなたの口はYESと言う。
なぜか。
「ここで断ったら申し訳ない」
「空気が悪くなる」
「面倒な人だと思われたくない」
「できない人だと思われたくない」
「今まで引き受けてきたのに、急に断るのも変」
「このくらいで嫌がるなんて、自分が小さい気がする」
出ました。
脳内裁判。
そして、だいたい判決はこうです。
有罪。引き受けなさい。
いや、どこの裁判所ですか。
裁判官も検察も弁護士も、全部あなたの脳内エゴです。
公平な審理が行われていません。
しかもその裁判では、カラダ様の証言が毎回却下されます。
「胃が痛いです」
「眠いです」
「もう限界です」
「その人に会いたくないです」
「その仕事、本当は嫌です」
これらの証言を、あなたの脳はこう処理する。
「気のせい」
「甘え」
「疲れてるだけ」
「考えすぎ」
「今だけ我慢」
はい、証拠隠滅です。
「いい人」は、便利な人に変換されやすい
残酷なことを言います。
あなたが「いい人」でいようとし続けると、周囲はあなたをどう扱うか。
最初は感謝します。
でも、そのうち慣れます。
さらに進むと、当然になります。
最後は、あなたが断った時に不満を持たれます。
これが現実です。
最初は、
「ありがとう、助かった」
だったものが、
「いつもやってくれる人」
になり、
「やってくれるはずの人」
になり、
最後は、
「なんで今回はやってくれないの?」
になります。
恐ろしいですね。
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あなたの人生、どこのブラックサービスですか。
これを続けていると、あなたの中に静かな怒りが溜まります。
「なんで私ばっかり」
「少しは察してよ」
「私だって疲れてる」
「誰もわかってくれない」
「こんなにやってるのに」
でも、表では言わない。
言わないから、相手は気づかない。
気づかないから、また頼む。
頼まれるから、また引き受ける。
引き受けるから、また疲れる。
疲れるから、内側で相手を責める。
そして最後にこうなる。
頼まれていないことまで勝手に背負って、勝手に疲れて、勝手に恨む。
はい。
構造としては、かなり地獄です。
でも、これをやっている優秀な人、めちゃくちゃ多いです。
それは優しさではなく、「請求書付きの自己犠牲」です
本当の優しさは、相手に請求書を送りません。
でも、偽りの優しさは、あとで必ず請求書を出します。
「私はこんなにやったのに」
「私は我慢したのに」
「私は助けたのに」
「私は合わせたのに」
「私は言いたいことを飲み込んだのに」
この「のに」が出てきたら、要注意です。
それは、純粋な優しさではありません。
もちろん、人間なので見返りを求めるなとは言いません。
そんな聖人ごっこはしなくていい。
ただ、問題はそこではない。
あなたが自分の本音を隠してYESを出したのに、あとから相手に「察してくれなかった」と怒ることです。
それは、システムとしてバグっています。
相手からすると、あなたはYESと言った。
笑っていた。
大丈夫と言った。
問題ないと言った。
だから、相手は受け取った。
でも、内側のあなたはNOだった。
このズレが、あとで恨みに変わる。
優しさを出したあとに恨みが残るなら、それは優しさではなく、未払いの本音です。
つまり、あなたが苦しいのは、相手が悪いからだけではありません。
自分のNOを、自分で相手に伝えなかったからです。
痛いですね。
でも、ここを見ないと、ずっと同じことを繰り返します。
カラダ様は「いい人」になりたがっていない
ここで一回、カラダ様の立場に立ってください。
あなたの脳が、また余計な案件を引き受ける。
「大丈夫です」
「やります」
「私で巻き取ります」
その瞬間、カラダ様はどう思っているか。
「は?」
です。
「いやいやいや、昨日も寝てないですよね?」
「胃、痛いって言いましたよね?」
「肩、鉄板ですよね?」
「休日、何もできてないですよね?」
「その人から連絡来るだけで呼吸浅くなってますよね?」
「それでもまだYES出すんですか?」
カラダ様から見れば、あなたの脳は完全に暴走管理職です。
現場を見ずに仕事を取ってくる営業部長です。
「案件取ってきたぞ!」
「納期は明日!」
「人員? まあ現場でなんとかして!」
ふざけるな、という話です。
現場はカラダ様です。
睡眠を削られるのも、胃を痛めるのも、呼吸が浅くなるのも、肩が固まるのも、全部カラダ様です。
脳は言うだけ。
カラダ様が実行部隊。
なのに、あなたは脳の顔色ばかり見ている。
そろそろ現場の声を聞きなさい。
「断る」は攻撃ではない。境界線の修復です
優秀で疲れている人ほど、断ることを過剰に怖がります。
断ったら悪い。
断ったら冷たい。
断ったら関係が壊れる。
断ったら評価が落ちる。
断ったら失望される。
でも、違います。
断るとは、相手を攻撃することではありません。
自分の領土を守ることです。
テラン・リバース的に言えば、あなたの城壁を立て直す行為です。
城に門があるのは、誰かを憎んでいるからではありません。
大切なものを守るためです。
門がない城は、ただの広場です。
誰でも入ってくる。
誰でも物を置いていく。
誰でも好きに騒ぐ。
そしてあなたは、あとから泣きながら片付ける。
それを「優しさ」と呼んでいるなら、もうやめましょう。
それは優しさではなく、城主不在です。
あなたの人生なのに、あなたが門番をしていない。
だから他人の都合が、あなたの中に土足で入ってくる。
まずは、小さいNOからでいい
いきなり大きな決断をしなくていいです。
会社を辞める。
人間関係を全部切る。
家族に全部ぶちまける。
SNSを消す。
人生を変える。
そういう派手なやつは、だいたい脳が好きなイベントです。
カラダ様の回復は、もっと地味です。
まずは、小さいNOからでいい。
「今日は難しいです」
「少し考えさせてください」
「今は手が空いていません」
「そこまでは対応できません」
「今回は別の方にお願いします」
「今の状態だと、引き受けると質が落ちます」
これでいい。
冷たくしなくていい。
キレなくていい。
正論で刺さなくていい。
相手を論破しなくていい。
ただ、自分の領土を示す。
ここから先は入れません。
今は開けられません。
その荷物は持てません。
これは私の仕事ではありません。
そう伝える。
最初は怖いです。
なぜなら、あなたはこれまで「相手に合わせること」で安全を確保してきたから。
だから、境界線を引くと、脳が騒ぎます。
「嫌われるぞ」
「評価が下がるぞ」
「わがままだと思われるぞ」
「もう頼られなくなるぞ」
はいはい。
脳内エゴ放送局、本日も絶好調です。
でも、その声を聞きながらでいい。
小さいNOを出す。
そして、身体の反応を見る。
たぶん、最初は怖い。
でも同時に、少しだけ呼吸が深くなる。
その感覚を覚えてください。
それが、城に戻る感覚です。
「いい人」をやめても、あなたの価値は消えない
あなたはたぶん、心のどこかで怖がっています。
いい人でなくなったら、何が残るのか。
役に立たなくなったら、愛されないのではないか。
期待に応えなかったら、価値がないと思われるのではないか。
でも、「便利であること」と「価値があること」は違います。
「頼まれること」と「愛されること」も違います。
「断らないこと」と「信頼されること」も違います。
ここを混同すると、人生がじわじわ壊れます。
あなたは、誰かにとって都合がいいから存在しているわけではありません。
他人の不安を吸収するスポンジでも、他人の機嫌を調整する空気清浄機でも、他人の仕事を巻き取る外付けハードディスクでもありません。
あなたは、あなたの城の城主です。
まず、自分の領土を守る。
そのうえで、余力がある時に人を助ける。
順番を間違えるな、という話です。
今日の処方箋:YESの前に、3秒止まる
今日からやることは一つだけです。
誰かに何かを頼まれた時、即答しない。
3秒止まる。
その3秒で、身体を見る。
胸はどうか。
胃はどうか。
呼吸はどうか。
肩はどうか。
顔は笑っているのに、内側は固まっていないか。
そして、こう聞く。
「これは本当のYESか?」
「怖いからYESと言おうとしていないか?」
「いい人でいたいから引き受けようとしていないか?」
「あとで『なんで私ばっかり』と言いそうではないか?」
この問いを挟んでください。
たった3秒でいい。
この3秒が、あなたの首にかかった手を少し緩めます。
最後に
あなたが優しいのは、本当だと思います。
人の痛みに気づく。
場の空気を読む。
困っている人を放っておけない。
自分が少し我慢すればいいと思える。
それ自体は、美しい性質です。
でも、その優しさがあなたを壊しているなら、扱い方を変えなければいけない。
包丁が料理にも使えるし、自分を傷つける道具にもなるように、優しさも使い方を間違えると自傷になります。
いい人でいることに疲れたなら、そろそろ問い直しましょう。
そのYESは、本物ですか。
その笑顔は、本心ですか。
その我慢は、必要ですか。
その優しさには、あとで請求書がつきませんか。
その関係は、あなたのカラダ様を痛めつけてまで守るものですか。
他人に優しくする前に、自分の城門を閉めなさい。
誰でも入れるな。
何でも引き受けるな。
笑顔で自分を売り渡すな。
カラダ様のNOを握り潰すな。
次回は、さらに深くいきます。「頼まれてもいないのに察して、勝手に疲れる人」について話します。
これは重症です。
でも多いです。
かなり多いです。
では、最後に。
気付けーーーー!!!!
その“いい人”は、美徳じゃなくて、ただの自分いじめになってるかもしれないぞ!!!!
他人の機嫌を守る前に、自分の城を守れーーーー!!!!