某漫画家さんの救急車搬送について、ネットニュースを見た。
正しい判断だと思う。
非難されるいわれはない。
救急隊の方も、迷惑とは思っていないはず。
救急車を呼んだことが4回ほどある。
2回は間接的なもの。
2回は直接的なもの。
関節的①
教員時代、卒業式の練習の時、椅子に座っていた児童が、突然床に倒れこんだ。けいれんを起こしている。呼びかけても返事がない。校長は、すぐに救急車を呼ぶように指示を出した。
その後、児童は意識を取り戻し、救急車が到着するころには話せるようになったが、搬送された。
間接的②
放デイ児童送迎時、歩道に自転車と一緒に倒れこんでいる老人がいた。すぐ、近くに駐車場に車を止め、同乗児童に了承を得て老人の救助に向かった。同乗児童は、中学生で比較的軽度の発達障害の児童たちで、車内で待機することは可能であった。老人は、意識はあったが、額から血を流して動けない状態。当日は猛暑日で熱中症の恐れもあった。同じく目撃した人が駆けつけてくれたため、その人に救急車の手配をお願いした。救急車が到着したときには、体を起こして話をすることができたが、搬送された。
直接的①
母親が、実家の玄関で倒れた。私は勤務中で、同居の姉から電話があり、駆け付けた。30分ほどかかったが。母親は、身動きが取れない状況で、姉が救急車を呼ぼうとしていたが母親がそれを拒んでいて、まだ呼んでいなかった。母親は、近所の目を気にしていたのだと思う。母親を動かそうにも、痛みを腰の訴えて動かせない状況。すぐに救急車を呼び、搬送してもらった。
直接的②(間接的かも?)
放デイ職員が児童送迎中に、事故発生。ガラスが割れ、児童が軽い切り傷を負っている状況。電話で、救急車を呼ぶべきか判断を仰がれたが、すぐに呼ぶように指示を出した。私も現場に急行したが、到着したときは救急車が到着していた。救急隊の判断で、搬送の必要なし。保護者に連絡し、自宅近辺の病院で受診してもらうことにした。
搬送の必要がなかったのは、1件だけだったが、この1件が、今回のケースのように迷うところだと思う。
電話で聞いた話では、児童の意識ははっきりしており、事故当初は泣いていたが今は落ち着いているとのことだった。でも、子供は自分の状況をうまく伝えられない場合がある。自分が現場にいれば、詳しい状況もわかるが、電話での情報。万が一のことを考え、救急車を呼ぶように指示した。正直、一瞬「どうする?」と思ったが。間違っていなかったと思う。
今回の漫画家さんのケースも、正しい判断だったと思う。
「もしかしたら命に関わるかもしれない。」「素人では判断が難しい。」「後から状況が悪化するかもしれない。」
そんな風に迷ったときは、救急車を呼ぶべきだ。
救急隊の人が迷惑だと言っているのは、完全に自分勝手な、自己中心的な、救急車をタクシー代わりに使おうとするような人たちのことだと思う。
あとは、経験不足からくる過剰な心配から呼ぶ場合。でも、この場合は仕方ない面もあると思う。直接的②は、これに該当するかもしれない。でも、救急車を呼んで、もし大したことがなくても(救急搬送の必要なし)だったしても、それで安心はできる。
ただ、そうした場合には「救急安心センター事業(♯7119)」というものがあるそうだ。今回のニュースで、私も知った。今後迷ったときは利用したい。
ちなみに、私もコロナ感染時には、40度を超える発熱があった。電子体温計で、時間を空けて何度か計測しても、42度。でも、意識もはっきりしており…もともと平熱も高く、今までも40度を超える発熱を何度も経験しているので…。自力で病院を探し、自力で行きました。人それぞれ。それも大切な判断基準。
