私の住む横浜市南部に位置する金沢八景周辺は、風光明媚な場所として鎌倉時代以前から様々な文献に登場していた。
周辺の景色が素晴らしいことは古来より知られていたが、「金沢八景」と命名したのは、"水戸黄門"として知られる徳川光圀が水戸祇園寺の開山として招いた 中国からの渡来僧 心越禅師(1639~1696)。
心越禅師が高台に建つ能見堂 (現在の「能見堂緑地」にかつてあった寺院) からの景色を、故郷・中国の瀟湘(しょうしょう)八景になぞらえて漢詩に詠んだのが”金沢八景”の始まりとされている。
金沢八景”が世間に広く知られるようになったのは、江戸城本丸御殿や西の丸御殿の ”ふすま絵” に、富士山や鎌倉・江の島など他の名所とともに金沢の景色が描かれたことに始まるとのこと。また。風景画として人気を二分した葛飾北斎と並ぶ安藤広重をはじめとする多くの絵師や文人によって「景勝地・金沢八景」として紹介されたことが大きい。
ちなみに金沢八景とは
洲崎晴嵐(すさき の せいらん)
瀬戸秋月(せと の しゅうげつ)
小泉夜雨(こずみ の やう)
乙艫帰帆(おっとも の きはん)
称名晩鐘(しょうみょう の ばんしょう)
平潟落雁(ひらがた の らくがん)
野島夕照(のじま の せきしょう)
内川暮雪(うちかわ の ぼせつ)






