
ふと見ると、元からある道が、新しく出来る道との交差点出口がちょっと変…

出口が狭まってる

この側溝のに合わせて塀や建物が出来たら、消防車が入って行けるかなぁ

何を考えてるんだろ
上尾市は…
10月25日より2泊3日の行程で長崎へ行きました。
田上市長への表敬訪問では、市長より「被爆者も高齢化により、長崎でも語り部の方が段々と少なくなり、長崎だけではなく全国的に体験を伝え、継承活動を繋いで行くと事がすごく大事な時です。被爆者が子供にではなく、孫には伝えられるとして、今まで伝えられてなかった事が伝えられて、少しずつ新しい動きが出てきています。私もあちこちで講演をしますが、広島と長崎だけでやっていると、かえって浮いてしまう。あるいは広島と長崎がやるものだと言う風になってしまい、広がりにくいということを凄く実感しており、広島と長崎以外でも活動してくれる方が居ることにより、広島と長崎だけの問題ではなく、みんなの問題として解って頂ける様になると思うので、しらさぎ会の活動は大事な活動です、これからも長崎とチームワークを組んで頑張って頂きたいと思います。」とお話し頂きました。
長崎被災協にて懇談会の報告で、同じ様な報告がありました。
現在、若年被爆者の方達が語り部として頑張っておられ、被爆体験はほとんど記憶にない中、被爆体験を聞き伝えて活動をしています。私達、二世も同じ様に継承活動をしていかなくてはならないと強く感じました。
放射線影響研究所見学に訪れた際には、研究所員の方のお話では、被爆者の方達が訴える病気と原爆との因果関係が未だに解明出来ておりません、二世の方には何ら影響がありません。との答えに、不審と怒りが込上げてきました。現に被爆者、二世、三世の中には実際に発病されて困っている方が大勢いるのは事実。これだけの施設と予算を戦後70年になっても解明できないというのは、本当に解明する気が在るのかなと思いました。
研修の中、当然ですが原爆資料館や永井隆記念館にも行き、さらに学習をしてきました。
そして、先祖の墓参りも済ませ、充実した三日間でした。