すっかりご無沙汰でした。
前回から何年たったのか・・・💧
埼玉と地元を行ったり来たりが続き・・・
そもそも埼玉に行ってたのは私の実兄が病気になりそれを支援しに行ってましたが・・・
63歳で独身だった兄が埼玉での治療に限界があったので地元に連れ帰ったのが2023年6月。中学卒業してすぐに就職で埼玉へ行き40年ちょっと振りに帰郷しました。
そして実家での闘病が始まりました。
実家は父が1人で暮らしてました。私は徒歩5分以内の所に娘と2人暮らしでした。
なので毎日父と兄のご飯など作る為に実家に行ってました。
兄はなぜか埼玉に執着していて一応アパートはそのままにしておき住民票だけ実家に移しました。 その手続きのため一度兄を埼玉に連れて行きそれが最後の埼玉でした。
それも兄は末期癌だったので歩行が若干難しかったけどシルバーカーを使って頑張って行きました。
その後、要介護5の認定を受け訪問医療と訪問看護で頑張りました。
訪問入浴のサービスも利用して、2回目の訪問入浴を受けた翌日、2023年9月3日に旅立ちました。
在宅介護を頑張った父はその時87歳でした。
その父が91歳で旅立ちました。 それもお風呂の浴槽内での孤独死という最悪の最期となってしまいました。
私は去年車で10分くらいの所に引っ越し、仕事も夜がメインになり週2日くらい父の様子を見に行ってました。 通院などは近くに住む従姉妹が連れて行ってくれてました。
本当は一緒に住む予定でしたが、父が今の所を離れたくないと強情だったので💧
3月7日の14時くらいに叔母から用があって父の所に来たけど、新聞が溜まってて電話しても出ないと連絡がありすぐに実家に行き部屋に入って呼んでも返事も姿もなく・・・
娘がお風呂の電気が点いてる事に気付き、私がお風呂の扉を開けると父が既に息絶えている姿を発見しました。
本当に見るに耐えない姿でした。
救急と警察が来て事件性がないかの調べがあり、検視官の調べがあり・・・結果亡くなったのは発見の2日前の3月5日の午後ということでした。 その当日の12時過ぎに買い物をしたレシートがあったので判明しました。でも時間が経っていたので正確な時間は不明、死因は警察署での嘱託医の検死で心不全か心筋梗塞であったのではないかということでした。 父には心臓の持病はなく本当に突発的なものだったと・・・。
私は3月3日に父を市役所へ連れて行き、夕方まで実家で娘と3人でおしゃべりしました。 それから2日後に・・・。
1人で逝かせてしまったことに私は後悔しかありません。 どんなに寒かったか、どんなに辛かったか・・・。 母の介護も兄の介護も頑張った父なのに・・・。
1人で・・・。 せめて布団の上で看取ってあげたかった。 お父さん本当にごめんなさい。 1人で逝かせてしまってごめんなさい。 もっともっと何かしてあげれたはずなのに・・・。
大好きだったお父さん。 本当にお疲れ様でした。 私はお父さんの娘で幸せでした。
本当にありがとう。
5人家族だった我が家がとうとう私1人。
娘がいるからとは思うけど・・・。
それでも自分が娘で妹であった頃が・・・
いつかは乗り越えられるかもしれないけど、でも今は・・・。
暗い話でしたが・・・。
またブログ更新出来るようになるまで・・・。
皆さんお元気で。