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小説『stray sheep』先頭へ

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「で、」

　包装紙を捲りながら未玖は口をすぼませた。トレーの上にはポテトが散乱してる。

「さっきの話わかった？ほら『偽善』とか『露悪』の話よ。それと『無意識の偽善』ね」

「ああ、」

「ああってなによ。わかったの？それともわかってないの？」

「篠田はどうなんだよ。わかったのか？」

「わかってると思う？そう思ってたら私のこと理解できてないわよ」

「なによそれ」

「私はそこまで頭が良くないってこと。そんなの結月はわかってるでしょ。けっこう長いつきあいなんだから」

　唇を舐めながら未玖は笑ってる。亀井くんは腕を組んでいた。

「あんなのわかりっこないよ。ほんとなんとなく、ぼんやりわかるだけだ」

「ぼんやりとはわかったんだ」

「ぼんやりとだけね。まあ、無意識に演じてるってことだろ？あの小説に出てる全員が。で、とくに美禰子はそうだってことだよな？三四郎はそれを謎に思ってる。そして、」

「その謎を断ち切ろうとするときに関係が動くってんでしょ。ま、とりあえずはそういう理解でいいってこと？だけど、みんなわかってんのかなぁ。まあ、横森さんはわかってそうだったし、加藤さんもそんな感じだったじゃない。終わったあとで話してたもんね。でも、柳田さんはなんだかついていけてない感じしなかった？ ――って、なによ。なんか知ってそうな顔してんじゃない。ああ、あんたは元・横森一派だもんね。それで知ってることがあるってんでしょ。だったら、ここで吐いちゃいなさいよ」

「いや、別に知ってるってわけじゃないけど、堀田さんから聴いたことがあるんだ」

「ああ、あの威張ってる方のデブね」

「ま、そうだな。威張ってる方のデブだ。その堀田さんが言うには成績ってことじゃ横森さんの方が柳田さんよりだいぶ上なんだってさ。一年の頃からそうらしいよ。だから柳田さんは横森さんにコンプレックス持ってるって言ってた」

「へえ、意外。私、勝手に柳田さんって頭のいい子だって思ってた。だって、そんな感じしない？いかにも優等生っぽいし、学級委員キャラじゃない。それに横森さんって、ちょっと、ううん、だいぶ斜に構えてるし、努力とか嫌いそうにみえるからお馬鹿さんだって思ってた。ほら、加藤さんはすごく頭が良いんでしょ？それは有名だもんね。だから、柳田さんとデキてるって聴いたときはお利口さん同士のカップルなんだって思ったもん。だけど、そういう意味じゃ、やっぱり横森さんとの方がお似合いってことになるのよね」

「まあ、そうかもな。そういや、こっちは川淵さんに聴いたんだけど、」

「ああ、あのキョドってる方のデブね」

　苦笑いを浮かべ、亀井くんは天井を見あげた。未玖は片手で拝むようにしてる。

「ごめんごめん。もう邪魔しないから教えて。キョドってる方のデブはなんて言ってたの？」

「川淵さんによると、あの三人は一年の頃からずっと微妙な関係みたいなんだ。ただ、去年の夏くらいまでは横森さんの方が優勢だったみたいだよ。それが秋頃からちょっと変わったみたいだ」

「ああ、そう言ってたもんね。部長と副部長になってから急接近したみたいなこと。でもさぁ、普通そんなこと言う？横森さんが自分でキョドってる方のデブに言ったってんでしょ？どんなふうに言ったわけ？『俺たちは一年の頃から微妙な関係なんだ。ま、去年の夏までは俺に分があったんだけどな。ははは』みたいな感じ？」

　未玖はすこし声を太くしてる。亀井くんはまた天井に目を向けた。

「いや、全然似てないから」

「別に似せたつもりないもん。だけど、しつこい感じね。一年の頃からっていったら二年も微妙な関係ってのがつづいてるんでしょ？さっさとはっきりさせちゃえばいいじゃない。ま、きっとあの魔性の女が原因ってことよね。手玉に取ってる感じがぷんぷんするもん。ああいうのって気色悪くなるわ。狭い世界で突っつきあってるってことでしょ。あっちを突き、こっちを突きで。でも、なんだかほんとに『三四郎』みたい。いまの聴いてさらにそう思えるようになった。だって、横森さんはああ見えて賢い子なわけでしょ？で、柳田さんはあんなふうなくせしてお馬鹿さんなんだからまるで野々宮と三四郎みたいじゃない」

　そう言ったきり、未玖は顎先をつかんだ。眉間には皺が寄っている。

「なによ、どうしたの？」

「ううん、思いついたっていうか、なんか思い出せそうなことがあるの。なんだろ？昂平さ――いや、違った。高槻先生が言ってたことで、――ん？あっ、そうか！ほら『pity's akin to love』よ。『可哀想だた惚れたって事よ』ってやつ。――もう！わかんないの？言ってたじゃない。どの関係についてのものかわからないって。だけど、わかった気がする。うーん、私って天才かも。どう？亀井、私って天才じゃない？」

「言ってることはまさに天才だよ。わけがわからないんだから」

「ふんっ！あんたみたいな凡才にはわからないでしょうよ。あのね、野々宮は優秀なわけでしょ？世界に名が知られてるくらい。で、三四郎は大学に入ったばかりの田舎くさい子なわけじゃない。つまり、美禰子からしたら可哀想な子ってことなのよ。年だってきっと変わらないくらいなんでしょ。女からしたら同い年の男ってただのガキにしかみえないもん。そういう田舎から出てきた子を美禰子は可哀想に思ってるの。野々宮と比べてよ。だけど、その可哀想って気持ちは愛に近いものでもあるのよ。それはあの冷たい目をした副部長も同じなわけ。馬鹿なくせして部長になった柳田さんが可哀想なの。これだって横森さんと比べてのことよ。いい？比べるって両方とも気になってるってことでしょ。だけど、ううん、だから、そういう理由で横森さんから離れていったの。どう？なんか当たってる気しない？これ、昂平さ――いや、高槻先生に教えてあげよう。『可哀想だた惚れたって事よ』ってのは美禰子の三四郎への気持ちとして説明できますよって」