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小説『stray sheep』先頭へ

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「落合さん」

「はい？」

「もう座っていいですよ」

「あ、はい」

　よろめくように座り、私は深く息を吐いた。柳田さんは突っ伏しながらメモをとっている。

「僕は書き手として、いえ、とはいってもたいした書き手ではないですが、この小説を読んでいます。みなさんにも創作に携わる者としてひとつひとつの文章を書き手がどのような意図で書いたか考えてもらいたいんです。そういう読み方は純粋に物語を楽しむものではないかもしれない。ただ、自分が同じように物語を生みだすときの参考になるはずです。――では、他に質問はありますか？いま話したこと以外でもいいですよ」

「じゃ、ひとつだけ」

「はい。ええと、君は横森くんでしたね。なんでしょう？」

「あの、先生はライトノベルって読んだことありますか？」

「ああ、ライトノベルですか。すみませんが、僕は読んだことないですね」

「そういうのをどう思います？読んだことがないってのは面白くないって思ってるからですか？」

　身体を捻り、柳田さんは目を細めてる。加藤さんは口の端をあげていた。

「そういうわけじゃないですよ。読む前から決めてかかるのは単純によくないことだし、あれだけ流行ってるんだから一定の意味はあるんだろうって思ってます。それに、ライトノベルってわけじゃないけど、トールキンやＣ・Ｓ・ルイス、それにル・グウィンなんかは読んだし、けっこう好きですよ」

　横森さんは頬をゆるめてる。それから、一瞬だけ柳田さんの方を向いた。

「で、ライトノベルって、たとえばこの『三四郎』より下のものなんですか？その、つまり、いわゆる文学作品っぽいものより劣ってると思いますかってことなんですけど」

「いや、そういう意味での上下ってのはないんじゃないですか。この『三四郎』もある意味ではライトな小説といえますしね。まあ、そもそも小説をライトとかヘビーに分ける必要もないと思いますが、もし分けるとするならそうなるはずです。それに、この話の登場人物にはモデルがいるようで、漱石が意図してそうしたかはわかりませんが、そういう部分では話の筋以外にも注目を集める要素はあったようなんです。いえ、そのこととライトであることに関係があるのかも別にしてですが、発表された当時から『三四郎』がヘビーな小説として扱われたことはないと思います」

　そこで高槻さんは言葉を切った。ひとりひとりに目を向け、うなずいている。

「ただし、いまの時点で考えると、この『三四郎』がいわゆるライトノベルと同じでないのは明らかです。その違いの最も大きなものは百年以上も読み継がれてることにあると思います。僕も拙いながら小説を書こうとしてる人間の一人ですが、どうせやるならそういったものを書きたいと考えています。古典となるべき小説を、とです。そして、そうなれるかどうかはそれが優れた小説かそうでないかってだけのことだとも思ってます。みなさんもどういうものであれ創作をしたいと思って文芸部に入ったわけですから、そういう方向を目指していただきたいですね。僕もしばらくは一緒にやりますので、ともに頑張っていきましょう」