『悲しかったわ。兄を亡くした悲しみだけじゃなかった。私がはじめて愛した人がいなくなってしまったんだもの』

　顔を温佳に向け、真昼ちゃんは掠かすれた声を出した。

「ここまで読んだ？」

「読んだわ、真昼ちゃん」

　温佳はそうこたえた。語尾は震えて、すっとその場からいなくなるようだった。懸命に泣くまいとしてるのだ。

『だからなんだってことはないのよ。

　これは、あくまでも私のお話よ。昔話ね。あんたたちとは関係ないことだわ。

　でも、思い出しちゃったのよ。あんたたちがあんなこと言うからよ』

　ノートを顔の近くに持っていくと真昼ちゃんは最後の部分を指で叩き、笑った。

『人が誰かと関わりあうってのには不思議なことがあるものね。人間って、全部じゃないにせよ、自分の行動のほとんどを自らしてるように思ってるじゃない？だけど、させられてることも多いわ。

　責任は自分にあるのよ』

　そこまで書き、真昼ちゃんは赤でこう足した。

『私はそのように考えて生きてきたつもりよ』

　それから色を戻し、書きつづけた。

『でもね、それだけでないのも確かよ。いいことも、悪いこともね。

　あんたたちはこれからも長く生きていかなきゃならないわ。そうでしょ？手に手をとって、これまで通り、お互いを守りあいながらね。

　つまらない悲観なんて、もっとずっと年をとるまでとっておくのよ。わかってるでしょうけど、私はそうしてきたわ。こんなガンだなんて馬鹿げたものにつかまらなきゃ、まだ何年だってそうしてやったわよ』

　真昼ちゃんは読み終えるのを待った。

　息があがり、つらそうではあったけど、それを忘れてるような表情をしていた。僕たちが首をあげると、顔全体を笑みくずして、大きく口をあけた。

　大声で笑いたかったのだろう。

　いつもの、あの辺りを震わすような大声でだ。音としてはほとんど聞こえなかったけれど、口だけはそういうときと同じくらいあけた。

↓押していただけると、非常に、嬉しいです。

にほんブログ村

いま掲載中の『FishBowl』

その完全版です。

《家族》の物語でありつつ、

《王子様とお姫様》の、

また《魔術師》の物語でもあります。

ご興味あったら、

是非ご一読下さいませ。

『FishBowl』 vol.18 - 15