しかし、それはもう終わった話だ。あるとき――忘れもしない、大学四年の十月のことだった――彼からのラインにこうあった。

 

 

『そういえば、この前ミカのお姉さんに偶然会ったんだけど』

 

 

 ふうん、とだけミカは思った。幸せが目を曇らせたのか、遠く隔たった距離が見えにくくしていたのか、それがどのような意味を持つのか理解できなかったのだ。

 

 

 そのうちに『お姉さんから、妹が世話になってるからって羊羹もらったんだけど』というのがきた。

 

 

『羊羹? なんで?』

 

 

 ミカはそう返しておいた。率直な感想を送ったのだ。そして、それからしばらくすると『ユキさんがなんたらかんたら』というのがきた。

 

 

 なんたらかんたらというのは内容に頭がいってなかったので憶えていないのだ。ユキさん? とだけ思った。悪い予感しかしない。しかし、ミカは忙しかった。卒論の追い込み時期だったし、就職活動もうまくいっていなかった。東京に戻ることはあっても田崎くんと話すこともできなかった。彼も忙しそうにしていて会うことすらできなかったのだ。

 

 

 そして、とうとう「申し訳ないんだけど、僕たちはこれ以上つきあってるわけにはいかない」という電話がかかってきた。

 

 

「嫌よ。別れたくない」

 

 

 泣きながら(よくもまあこんなに涙が出るものねと思うくらい泣いたものだ)ミカはそう言うのが精一杯だった。

 

 

「駄目なんだ。本当にごめん」

 

 

「なんで? どうしてなの? こんな突然なんてひどいじゃない」

 

 

「ひどいのはわかってる。でも、無理なんだ。理由は訊かないでくれ」

 

 

 ミカはそれ以上訊けなかった。怖かったのだ。ただ泣いて、耳の奥で電話が切れる――そして私たちの関係も、と思った――音を聴いただけだ。

 

 

 過ぎ去ったことは忘れるようにしてるミカにとっても、このことはなかなか忘れられないものになった。卒業間近になって今の会社に就職が決まり、なんとか立ち直ろうとしてるうちにも、どうかすると田崎くんの顔が頭をよぎった。ユキのこともだ。しかし、それは開けてはならない箱の中のことと考えるようにしていた。だって、私は理由を聴いてないんだし、まさかそんなことが現実にあるわけがない――とだ。

 

 

 まるで安っぽいドラマみたいと思い、そう考えるとBMWも彼の台詞も本当に安っぽいドラマの道具立てのように思えた。もちろん切れにくいナイフで胸を抉られてるような気分にはなったけど、これはよくあることだと考えるようにした。そして、よくあることは忘れられることでもある、と思った。

 

 

 はからずも次につきあった男が別れ際に言ったのもほぼ同じ内容だった。その男は同期で入った本社勤務の人間で、半年ほどつきあってから、やはり別れを切り出されたのだ。そのとき男はこう言った。

 

 

「よくあるだろ、こういうの。すぐに忘れちまうさ」

 

 

「そうね。ま、そうなんでしょ」

 

 

 ミカはそうとだけこたえておいた。どうしてこんな奴とつきあったりしたんだろ? と思いはしたものの、それはある一面真実だと感じたのだ。

 

 

 こういうのってよくあること。そして、よくあることは忘れられることでもある。

 

 

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《雑司ヶ谷に住む猫たちの写真集》

 

 

雑司ヶ谷近辺に住む(あるいは
住んでいた)猫たちの写真集です。

 

ただ、
写真だけ並べても面白くないかなと考え
何匹かの猫にはしゃべってもらってもいます。

 

なにも考えずにさらさらと見ていけるので
暇つぶしにどうぞ。