目をあけると彼は鼻に指をあてた。唇は奇妙に捩れてる。
「また幾つかのことが繋がったな。いや、ほんと初めからこうしときゃよかったんだ。山もっちゃん、俺たちはそうとう迂遠な道を通ってたんだよ。柏木伊久男の行動にだいたいすべてが示されてたんだからな」
手帳をしまい、刑事は顎を突き出させた。
「じゃ、そっちの番だ。思わせぶりなのはやめてその示されてたってのを教えてくれ」
「いいだろう。後の方からはじめるぜ。柏木伊久男は鍍金工場で働いてたんだよな? 鍍金工場っていや、なにがある?」
「ん? ――ああ、そうか」
長く伸びた顔を見て、カンナは手を挙げた。
「え? なに? なにがあるの?」
「青酸カリだよ。鍍金工場にはあるもんなんだ。たまにニュースになるだろ? 二千人の致死量になる青酸化合物が紛失したとかな」
「ってことは――、ん? どういうこと?」
「山もっちゃん、柏木伊久男が飲んだのは青酸だったのか? いや、その顔を見りゃ、そういうことだよな?」
「ああ、そうだ。けっこうな量だったようだ。ありゃ匂いでわかるし、口に入れてもすぐ吐き出したくなるもんなんだ。――しかし、そうか。殺された方だったもんで気にもしてなかったよ」
唇はさらに捩れた。そのままの表情でデスクへ向かっていく。戻るときには小さな紙を持っていた。
「次は十二年前に一度ここに来たことだな。いいか? 山もっちゃん、あんたはこの写真を見せながらこう言った。『見ただけでわかる。こいつは好きな女を写したもんだ』って。それはその通りなんだろう。そして、あの男とってはそれが全てだったのかもしれないな」
テーブルに放られた写真は笑いあう三人のものだった。それを覗く三人は深刻そうに顔をしかめてる。
「柏木伊久男は蛭子嘉江のことが好きだったんだろう。いや、深く愛してたんだ。もしかしたら、少々深すぎるくらいにね。しかし、結婚したのは幼馴染みの方だった。そういう場合、人間はどう動く? 心の底から祝福できるか? 俺はそう思えない。悔しかっただろうな。しかも、愛する女のために殺人までしてたとしたら悔しいだけじゃ済まないだろう」
二人は顔をあげた。彼は真顔で見返している。
「どういうこと? あの爺さんは蛭子の奥さんのために人殺しをしたっていうの?」
「可能性はある。いや、ずっと『悪霊』って言葉がつきまとってたのを考えるとそうでなきゃおかしいくらいだ。それに、柏木伊久男の過去にそれは示されてる。二十七のときにあの爺さんはこの近くに越してきた。蛭子家と知りあいだった幼馴染みが世話してくれたってわけだ。三人の関係もそこから始まったんだろう。ただ、柏木伊久男は殺人でぶち込まれちまったんだ。その間に二人は結婚した。そんなとこにのこのこ顔を出せるか?」
「まあ、気持ちはわからないでもないけど」
「だろ? 柏木伊久男は長野かどっかで新しい生活を始めた。ずっと独り者だったかわからないが、後のことを考えればその可能性はある。そして、憎たらしい幼馴染みが亡くなったのを知って、ふたたびこの近くにあらわれたんだ。そこで平子の婆さんが抱えたトラブルにも関わってたはずだ」
「はあ?」
刑事は首を引いた。口は機能していないかのようにひらいてる。
「なんでそうなる?」
↓押していただけると、非常に、嬉しいです。
にほんブログ村
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
《雑司ヶ谷に住む猫たちの写真集》