ソファに座ると彼は投げ出すように脚を伸ばした。深刻そうな表情で頻りに溜息を洩らしてる。刑事はカップを置いた。
「なあ、『ふう』だの『はあ』っていったいなんなんだ? さっきも言ったが俺は暇じゃねえんだよ。なにかあるなら言ってくれ」
「ああ、悪い。ちょっと嘘について考えてたんだ」
「嘘?」
「そう、嘘だ。いいか? 山もっちゃん、俺は嘘が苦手なんだよ。つき通すことができないんだ。それはどうしてかって考えてたんだ」
時計に目を落とし、刑事は腕を組んだ。頬は引きつっている。
「それは長え話か? 俺の方でもちょいと長いのがあるんだがな」
「いや、そこまで長くないよ。ほんの思いつきみたいなもんだから。――でな、山もっちゃん、嘘が苦手な人間にはすくなくとも二通りのタイプがある。一つは馬鹿で整合性を持たせられない奴だ。もう一つは小心者だから途中で破綻しちゃう奴だな。ただ、嘘が得意な、あるいはそういうのが普通になってる奴もどこかで破綻するもんなんだ」
鼻先を叩きながら彼は話した。ずっと前を見てるものの瞳は動いてる。刑事の視線もそこへ向かった。
「ま、いずれにしたって嘘つきは周囲の者の言動に敏感になる。それに合わせて自分の言動を変えなきゃならないんだ、そうなって当然なんだよ。だから、一貫性があるように思えてもそれが乏しい場合、そいつは嘘をついてることになる」
「そりゃ、いったいなんの話なんだ? だからなんだっていうんだよ」
刑事は目を細めた。さっきからカンナちゃんをちらちら見てっけどなんなんだ? そう思っているのだ。
「だからなんだってことはないよ。思いつきって言ったろ? でもな、これは柏木伊久男にもいえることだ。あの爺さんには一貫性がない。話に整合性がないんだよ。それで思ったこともあるんだ。言っていいか?」
「いいぞ」とこたえ、刑事はソファに沈みこんだ。
「これは占いにも当て嵌まることなんだ。俺は人の経験を見ることができる。しかし、なにを考えていたかわからない。類推して繋ぎあわせてるだけだ。一つの経験と次の経験を結ぶにはこういう動機があったはずだと考えるんだよ。たとえば、あんたを見たときにはこう思った。母親の事故、土砂降りの雨、そこへあんたは飛び出した。警察は彷徨いつづけたあんたを保護し、飲酒事故を起こした奴も捕まえてくれた。だから、――そう、だから、あんたは刑事になった。つまり、結果があり、その結果をもたらしたであろう原因がある。それを繋いでるんだ。しかし、柏木伊久男にはそういう連続した動機がないんだ。場当たり的に動いてるとしか思えない。これはどこかに嘘が含まれてるからだ。そうでなかったら一人の人間の意思でなく、他の要素が含まれてるんだろう」
最後の部分を聴いたとき、片方の眉があがった。
「一人の人間の意思でない? そりゃ、どういう意味だ?」
「俺は何度も言ってるぜ。あの爺さんはちぐはぐだって。その理由はわかってなかったが、なんとなく見えてきたことがある。――そう、前にはこうも言った。あれだけの脅迫相手を一人で探せたんだろうか、ってな。それも誰かにやらされてたなら理解できるかもしれない」
「あの爺さんは唆されてたっていうのか?」
「そう考えると理解しやすくなるんだよ。脅迫されてた者たちとの関係だってそうだ。鴫沼はこう言ってたぜ。『脅しにきていたが、まるで誰かの使いみたいだった』」
「ふむ、なるほどね。ようやく実際的な話になってきたな」
「違うよ。全部が実際的なんだ。あんたたちは表面しか見ていない。人間がどう動くかってのを深く考えず、目に見えてるものだけを追ってんだ。それじゃ嘘を見抜くことはできない」
外は騒がしくなってきた。竹竿らしい物を持った者たちが通り過ぎていく。蓮實淳は脚を組み、髪をかき上げた。
「ってとこで、あんたの番だ。柏木伊久男について教えてくれるんだろ?」
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