それと同じ時間、蓮實淳は留置場にいた。
布団にくるまっていたものの目をひらき、天井を見つめていた。明かりがちらちらして眠れなかったのだ。それに、腹も立っていた。あのオネエ、しっかり騙しやがったな、という怒りだ。なにが「任意」だよ。着いてすぐ逮捕じゃねえか。ほんとムカつく。
ただ、その後で急に泣きたくもなった。――いや、そうなったら、あいつらの思うつぼだ。そのためにわざわざ一人部屋をあてがってくれたんだろうからな。
目をつむってみたけど、やはり眠れない。彼はもう一度その日にあったことをお浚いしてみた。スーツに着替え、店を出たところからだ。
あの若い警官がやって来て、柏木伊久男に謝罪しろと言った。六時に路地の前で待ち合わせようと。それから、大和田義雄と話した。あの爺さんはやはり脅迫していた。それを解決したから、あんなビラを貼ったわけだ。――ん? でも、待てよ。
大和田義雄は不倫関係を解消はした。しかし、その事実はあったんだ。たとえば職場にバラすとでも言えば、脅迫しつづけることは出来たんじゃないか? それをなぜしなかった? 起き上がると、その音に反応したのか足音が聞こえてきた。息を止めるようにして彼は布団をかぶった。
またちぐはぐさが出てきたな。あの爺さんは何者だったんだ? しこたま金を持ってる人間に月一万だけ要求し、不倫関係が終わったらそれすらやめるなんて。それに、なぜそれをビラに書いた? いや、そもそもなんでビラなんだ?
横になったまま彼は鼻に指をあてている。蛭子嘉江の態度も気になる。あの爺さんは亡くなった旦那の幼馴染みだとか言ってたよな。そして、それを知ってるかと探りを入れてきた。占ったときにそれも見えてたんじゃないかとだ。なぜだ? あの家の問題こそ解決済みじゃないか。――いや、違うな。『悪霊』だ。柏木伊久男が「あくりょう」と名乗っていたのと符合する。そこになにかあるんだろう。
しだいに指は離れていった。廊下を歩く足音が気になりはしたものの彼は眠りに落ちていった。その日あったことを考えれば、疲れてないわけがなかったのだ。
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