「さっきの話をつづけよう」

 

 彼はそうささやいた。吐き出すけむりで辺りは青白くなっていた。その向こうには滲んだ顔があった。それはまた深刻そうなものになっていた。

 

「王子様とお姫様の物語だ。登場人物が二人だけじゃ話は進まない。いや、進んだとしてもつまらないものになってしまう。物語にはそれなりの苦難が必要なんだ。乗り越えられる程度の苦難がな。

 

 ――淳平くん、さっきは従者と言ったが、それじゃ役不足だったな。君は、そうだな、大臣の息子ってとこかな? 王子様とは親友であり、そして後にライバルになる。二人はそれに気づきながら親友であるのをやめない。重要な役どころだ。しかし、俺にはわかってる」

 

「はあ」と言って、淳平はしかめた顔を向けてきた。僕は首を振った。説明を求められてもできるはずがなかった。

 

「君には出来るよ。難しい役だが、淳平くん、君なら出来る。気持ちに従ってさえいればいい。ただそれだけで出来てしまうんだ。自然に従うんだよ。いま持ってる感情をきちんと育てていくんだ。『でも』とか、『しかし』なんて考えずにね。自分の持つ感情――ごく自然に生まれ、どうともできないものに身を委(ゆだ)ねるんだ。それが君に求められてることだ」

 

「どう? 終わったの?」という声が聞こえてきた。僕と淳平は急いで煙草を揉み消した。

 

「終わったら、こっちにいらっしゃい。お姉さんが美味しいお茶とケーキを用意してるんだからね」

 

 真昼ちゃんは中央棟の裏口から顔を出し、眉間に皺を寄せた。

 

「ちょっと、あんたたちなにしてたの」

 

「いや、」

 

 井田隆徳はおおげさに手を振ってみせた。

 

「面白い話を聴かせてやってただけだ」

 

 近くまで来て、真昼ちゃんは足許の吸い殻を見つめた。そして僕たちを順に見た。

 

「ま、いいでしょう。そういうことでいいわ。ほら、そのゴミを片づけてきなさい。吸い殻もね。きちんと火を消すのよ」

 

 僕たちはビニール袋を持ち、裏手へ向かった。まだくらくらしてたし、足許がおぼつかない感じだった。ただ、「清春! 淳平ちゃん!」という叫び声が聞こえると、直立不動になった。

 

「学園でそんなことしたら、いくらあんたたちでも許さないわよ!」

 

 僕と淳平は井田隆徳をにらみつけた。

 

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