真昼ちゃんはまた片手を挙げた。

 

「じゃあ、あなた方はあの高校生たちやこの辺のお店の人が火をつけまわってると考えてるんですか? あの、私を盗撮した男も容疑者ってことですか?」

 

「可能性のひとつ、というわけですな。あの盗撮男もそうですが、この辺には妙な連中がうろちょろしとるでしょう。たちの悪そうな連中です。あいつらはここのお宅を狙っとるようですが、はかばかしい結果は得られてませんね。そうでしょう? 当方としてはあの連中も可能性のうちに入れとるわけです」

 

「どうして?」

 

 真昼ちゃんはほうけたような顔でそう言った。まったく納得できないといった感じだった。

 

「どうしてです? カメラマンや記者たちがどうしてそんなことをするっていうんです? あの高校生たちや、お店の人たちだって」

 

 中年警官は真顔になった。首をずいっと前へ出し、真昼ちゃんを見つめた。

 

「嫌がらせですよ。嫌がらせ。記者たちに関してはこう考えることもできます。そういうことをしでかすことで、あんた方の反応を見てる」

 

 そこまで言うと中年警官は首を戻し、顔に微笑を浮かべさせた。

 

「いや、まあ、それも可能性のひとつですがね。当方といたしましては様々なことを考えとるんですよ。これが商売なんでね」

 

 

 

 警官たちが帰ると、真昼ちゃんは僕を強く抱きしめた。それからいろんなところへ電話をかけ、また抱きしめてきた。温佳も呼び出し、同じくらい強く抱きしめた。

 

「痛いわよ。なんなの? ねえ、なんなのよ、いったい」

 

 温佳は猫が無理矢理抱かれたのから逃れようとするみたいに身をよじらせていた。それでも真昼ちゃんは温佳を強く抱きつづけた。

 

「あんたたち、」

 

 真昼ちゃんは僕と温佳を左右の腕にそれぞれ抱きながら言った。

 

「いい? この世界には危険なことがあるわ。でも、だからといって縮こまってちゃ駄目よ。私たちにはこの世界を変える力があるの。誰にだって、その力はあるわ。きちんと立ち向かうべきものを正面に見すえて正しいことをするのよ。危険なことがその前に横たわっていたとしても、それを過剰に怖れては駄目。人の思惑なんかに振りまわされるのはもっと駄目よ。

 

 いい? どのようなことにも困難はつきまとうわ。その中でも、自分の意志を貫き通すことには非常な困難があるものなの。だけど、そういうときにこそ、自分の学んだもの、自分が目にし、つかんできたものに忠実であるべきなのよ。

 

 今は、あんたたちは私が守るわ。あんたたちもお互いに守りあうのよ。それが家族なんだからね。そして、もし、私がいなくなったら、あんたたちは常にお互いを守りあうようにならなくちゃ駄目よ。わかった?」

 

 僕は真昼ちゃんの腕――僕を抱いていた力強く太い腕――をとんとんと叩いていた。それは「わかってる」という意味と「安心して欲しい」という希望を示すためだった。温佳は無理に抱かれた猫が逃れられないと観念したかのようにぐったりしていた。ただ、その目は強く光っていた。

 

 真昼ちゃんはきっと自分自身のためにも言ってたのだろう。でも、その気持ちと思想は僕たちにしっかり根をおろした。そういうのは一瞬にして起こることなのだ。

 

 

 僕たち――僕と温佳は後にこのときのことをよく話した。真昼ちゃんの言ったこと、そのときの匂い、汗で湿った自分たちの姿なんかをだ。二人ともこのときのことは鮮明に憶えていた。FishBowlの中央棟に射しこむ西陽の色も、そのとき僕たちがどんな服を着ていたかもだ。

 

 僕たちはごく自然に自分たちが《家族》であるということをこのときに受け容れたのだ。それは言葉のみではあり得なかったことだし、行動のみでも起き得ないことだった。

 

 

―― 『6.新たな飛翔、常に予約されている席/赤いスクーターに乗った放火魔』 終わり ――

 

 すこしお休みしてから第7章となります。

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