淳平は部活帰りにFishBowlへ立ち寄ることが多かった。

 

 滞在時間は長ければ数時間に及び、短い場合はほんの数分ということもあった。長いパターンは主に温佳がいて、なおかつ機嫌が悪くないときだった。短いパターンはその逆というわけだ。そういうときには淳平は借りていたエロ本を返し、新たなものを持って帰るだけだった。

 

 その日も淳平はFishBowlにやってきた。僕たちはしごく真面目に大会についての話をしていた。コンディションを整えるためにはどうしたら良いかとか、そんな話だったと思う。僕たちは中央棟に近づこうとしていた。とりあえずなにか飲み物をつくって部屋へ向かうつもりだったのだ。しかし、ドアノブに手をかけたとき、真昼ちゃんのたけびが聞こえてきた。「ぎゃあ!」という声だ。

 

「は?」と淳平は言った。

 

「なんだ? 今のは」

 

「真昼ちゃんだ」

 

 僕はすぐさま真昼ちゃんの居住棟へ向かった。淳平もげんそうな顔をして着いてきた。そのあいだも「ぎゃあ!」という雄叫びはつづいていた。

 

「真昼ちゃん!」

 

 僕はそう叫んだ。真昼ちゃんは二階にいるようだった。腕だけが窓から突き出ていた。

 

「清春? 清春なの?」

 

「そうだよ! 今そっちに行くから!」

 

 僕はドアに駆けよった。しかし、真昼ちゃんの声はこう聞こえてきた(姿をあらわすことはなかった)。

 

「違うの! こっちじゃないの! そっち! 塀の外! 外よ!」

 

 窓から突き出た腕は激しく「そっち」を指していた。僕も淳平も「そっち」を見た。塀の外からはガチャガチャという音が聞こえていた。

 

「なんだ?」と僕は言った。

 

「さあ」

 

 僕はちょっと怖くなった。金属同士がぶつかるような音がしていたのだ。

 

「早く! 清春! 早く追って!」

 

 ベランダに出てきた真昼ちゃんはバスローブ姿だった。

 

「とにかく早く追うの! お願いだから、早くして!」

 

 僕と淳平はうなずきあって駆けだした。スタートダッシュはきまっていた。なにしろ二人とも陸上選手なのだ。あっという間に門を抜け、金属音がした方へ向かっていった。

 

「あっ!」と淳平が叫んだ。

 

 僕も気づいていた。えらく大きな脚立をワンボックスカーに詰めこんでる男がいたのだ。長髪の男で、サングラスをし、髭もたくわえていて、全身黒ずくめだった。僕たちはもう少しでその男にたどり着きそうだった。男の首には望遠レンズのついたカメラがぶら下がっていた。

 

「あいつだ!」と僕は叫んだ。

 

「カメラマンだ! あいつが真昼ちゃんを隠し撮りしたんだ!」

 

 男は一瞬僕たちを見てから車に乗りこんだ。エンジンをかけっぱなしにしていたようで車はすぐに走り去った。それでも僕たちは追いかけた。しかし、猛スピードで逃げていく車に追いつくわけもなかった。塀を曲がったところまで走り、そこで立ちどまった。

 

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