「まったく! ほんと頭にくるわ。どうしてあんなにしつこいのかしら。私みたいのを追っかけまわす前にやるべきことはいくらでもあるでしょうに。悪どいことしてる政治家とかをつけ狙えばいのよ。私が性転換した話題なんかよりよっぽど公共性があるわ。そうでしょ?」
父さんとシゲおじさんを交えた夕食のときにも真昼ちゃんはその話をした。僕たちは大量のラムチョップ(絶品だった)をほおばり、ナプキンで指先を拭いながら、怒りを受けとめることになった。
「真昼のことを異質なものとして売り出そうとしてるんだよ」
不味そうにビールを飲むと、父さんは口の端を引きつらせるようにあげた。
「ああいった連中はそうやって生活してるんだ。少しでもまわりから浮きあがった人間がいると、それを突いて記事にするんだ。で、そいつを金に換えてるんだよ。自分たちがそうすることで記事にされる人間も喜ぶと思ってんだろ」
「そんなの強姦魔と同じ考え方じゃない。違う? 犯されて喜ぶ女がいないように、そんなことで喜ぶ馬鹿なんていないわよ」
一応書いておくと、このとき僕は十三歳で温佳は十歳だった。大人たちがこのようにしゃべってるのを聴くのに適当な年齢だったとはいえないだろう。でも、僕たちはまるで蘭の栽培方法について論じてるのを聴いてるかのように、しごく無関心にラムチョップと格闘していた。僕は骨の際に残る肉を下の歯でこそぎ取り、温佳はいつまでもひとつの肉片を切り刻んでいた。
「それに、私みたいのの記事を読む人間なんてそんなに多いとも思えないわ」
「需要があるから書くんじゃないのさ。奴らは自分たちこそが需要をつくり出せると考えてるんだよ。芸能事務所の人間と同じなんだ。人と少しでも違う毛色の者を見世物小屋に送ろうとしてるってことさ」
シゲおじさんは意味ありげな視線を父さんへ向けていた。この頃、父さんと所属事務所の関係は修復不能な状態にまでこじれていた。表面上は手打ちをしたものの、燻っていたものはその臭いを隠せないほどになっていたのだ。それが、この少し後にまたしてもシゲおじさんへ新たな役割をあたえることになるのだけど、そこまでは当の本人も気づいていなかった。
「そんなの願い下げだわ。私にはやらなけりゃならないことがたくさんあるの。ね、草介、あんたの方からなんとかしてもらうことはできないの? こうなったら私やあんたたちだけの問題じゃないわ。清春や温佳にだってこんな状態は良くないでしょ」
父さんは僕たちを見た。それから真昼ちゃんへ目を向け、顔を歪ませた。そもそもは僕たちのためにも一緒に住んだ方がいいと提案されたはずだ――と考えていたのかもしれない。
「わかったよ。一応は言ってみる。でも、あんまり期待しないでくれよ。こっちもけっこうぐちゃぐちゃしてるんだからな」
そう言って、父さんはシゲおじさんを見つめた。シゲおじさんはうなずいてみせた。エージェント・シゲの出番ということだろう。
「ところで、まだいろいろやってるのか? ほら、違法駐輪撲滅キャンペーンと周辺商店への教育活動だよ。そういうのがアホな記者連中を刺激してんじゃねえのか? 真昼には説教癖があっからな」
「変なこと言わないでよ。私は誰彼かまわずお説教してるわけじゃないの。きちんとルールを守ってもらいたいってことと、自分の仕事をちゃんとやりなさいってことを言ってるだけよ。大人としての務めを果たしてるだけだわ」
「そういうことすっから浮き上がっちまうんだよ。まわりから浮き上がってると、ただそれだけの理由である種の連中はそういう人間を攻撃するんだ。それにな、説教ってのはやり方が難しいんだ。こっちがどういうつもりで言ってるかなんてなかなか伝わらないんだよ。そして、へたすると説教した人間を憎むんだ」
「私はそういうふうに思わないわ。私たち大人が言わなければならないことを言ってさえいれば社会は良くなるはずなのよ。見て見ぬ振りをしてるなんて、それだけで罪を犯してるのと同じよ」
真昼ちゃんはそう言った。このようにFishBowlでの会話はどのように進展するかわからなかった。まあ、父さんは若干悲観的な方へ持っていき、真昼ちゃんは楽観的に持っていこうとする傾向があった。
そして、どのような話題であってもだいたいにおいて楽観的な方が勝つことになった。ただし、このときだけに限っていえば父さんの方がより正しかった。周囲から浮き上がってるというだけで僕たちは攻撃されたし、説教をしたことによって真昼ちゃんは憎まれたのだ。それらのことは先に書いた②――警察が動くような事件に結びつくことになった。
まず最初に警察がFishBowlにやって来たのは、あるカメラマンが大暴走をしたからだった。
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《僕が書いた中で最も真面目っぽい小説
『Pavane pour une infante defunte』です。
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