なぎ倒された木々が多く見える場所へ僕たちは着いた。
そこからしばらく進むと段差にぶつかった。木の根に土が溜まり、階段状になってるところだ。温佳はそこを登るときも遠くを眺めた。僕はその背中を見ていた。しかし、突然見えなくなった。根に足を取られ、前のめりに温佳は転んでいた。僕は駆け寄り、その膝を見た。泥で汚れた下に少し血が滲んでいた。温佳は片脚をたて、怪我を負った膝をじっと見ていた。
「大丈夫か?」
温佳は一瞬だけ顔を向け、すぐにまた膝に目を落とした。血の滲みは広がっていた。僕は首をあげ、先を行く大人たちを見た。しかし、誰も僕たちの身に起こったことに気づいてないようだった。リュックサックから新しいタオルを出すと僕はそれを水で湿らせ、膝にあてた。
「痛い」
温佳はか細くそう言って膝を引き戻そうとした。僕はその脚を強くつかみ、傷を覆う泥をきれいに拭った。血は出てたけど、たいした傷ではなかった。乾いたタオルで軽く叩くと僕はそこに大振りな絆創膏を貼った。
「立てるか?」
温佳は無言でうなずいた。顔は上気していた。大きな瞳はくるくる動き、感情の行きつく先を探してるようだった。立ちあがるときに勢いをつけ過ぎたせいで温佳はふたたび前のめりになった。僕はその両腕を支えた。そうなると、ちょうど温佳の頭が胸にぶつかる格好になった。そのままの態勢で温佳はこう言った。
「あたしはあんたになんか守ってもらいたくないし、あんたがあたしのことを守れるとも思ってない」
雲が流れ、僕たちのまわりに光と翳りを交互にあらわし、またもとのどんよりした薄曇りにかえていった。温佳の頭があたってる部分はひときわ汗に濡れた。つかんでる腕もじっとりと濡れていた。温佳は離れるときに僕を見あげた。
「それに、前にも言ったけど、あんたのことをお兄ちゃんだなんて思ってないから」
「わかったよ」と僕は言った。「それに、知ってるよ」
温佳は瞳を潤ませていた。しかし、それは悲しいからではなさそうだった。その顔を見てると腹がたってきた。
「でもな、自分じゃどうしようもないことが起こったら、嫌いな人間の助けでも受けた方がいい。そして、助けてもらったら、それが嫌いな人間からのものでもありがとうくらいは言った方がいい」
温佳はまだ顔をあげていた。僕はこんなふうに近くから誰かに見つめられたことがなかった。瞳の奥にはゆらゆらと色が浮かんでは消えていった。瞳にはひとつの色ではなく様々な色がある――もしくは、そのように人に感得させるものがあるということを僕はこのときに知った。温佳は唇をひきしめた。そして、目をようやくにそらすと、小さく、「ありがとう」と言った。
そして、前より速いペースで歩きだした。僕はリュックサックにタオルをしまうと、ふたたび温佳のあとを追った。
左右に揺れる髪を見ながら、なぜ、この子は泣かないのだろう――と思っていた。泣きさえすれば自分も楽になるだろうし、僕の感情も少しは落ち着くだろうに、とだ。
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《僕が書いた中で最も真面目っぽい小説
『Pavane pour une infante defunte』です。
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