僕は夏休み中に転校手続きと引っ越しをしなければならなくなった。

 しかし、当然のことに、この引っ越しは簡単に進められるものではなかった。すこし前に書いたように僕たちは順調に『集合した』わけではない。それこそ、言うは易く行うは難し――なのだ。

 父さんの事務所は自ら火の中に分け入るような行為は理解できないと言ってきた。せっかく早乙女美紗子の影を排除できたというのに、暴行事件を起こし、しかもその謹慎期間中に事件の発端となった女(事務所側はそう(とら)えていた)と暮らすなんて考えられないというのだ。

 そのうちに、そもそも母さんの見舞いに行くのも事務所の許可を取ってなかったじゃないか――とまで言いだしてきた。このままでは、そして早乙女美紗子との説明不能な関係を解消しなければ謹慎はしばらく解除できないとも言ってきた

 くわえて、もしどうしても一緒に住むなら、いっそ結婚してくれた方が良いと言った。

 それができないのであれば引っ越しを認められないし、それでも強行するならそのときは法的な手段に訴える可能性がある――と(おど)してもきた。父さんは時間をかけて事務所側に説明をした。

 しかし、父さんだってこれから起こるであろうことを完全に理解していたわけではなかった。こんなこと誰にだって説明できないようなことなのだ。

 

「すべてのことを説明できるわけがないでしょ? 誰も彼もが説明できないことを繰り返してるものよ」と真昼ちゃんは言った。

「そんな話じゃないんだよ」

 父さんは受話器に向かって(わめ)いた。あの話しあいの後、真昼ちゃんは毎日のように(というか日に何度も)電話をかけてきては父さんに早く引っ越してくるよう求めていた。

「事務所は、俺がそこに住む整合性のある理由ってのが必要だって言うんだ。マスコミや世間が納得する理由ってやつだよ」

「そんなの、友達を助けたいってことでいいじゃない。それじゃ足りないっていうの?」


 事務所側が求めていたのは外形的に多くの人が納得できる状態を築くことだった。内面などはどうでもいいということだ。事務所の専務(おじさんにしか見えない女性で、やり手ではあるのだけど強引さだけで結果を出してるタイプの人物だった。彼女はこの八年後に突然自殺した。事務所の屋上から飛び降りたのだ)は父さんにこう言った。

「入籍だけすれば済むことでしょ? 結婚の実態なんてなくたっていいのよ。誰もそんなのは必要としてないの。ね、こういうのってよくあることでしょ?」

 説明できないから妙な臆測が飛びかうというのが彼らの理屈だった。ただ、これまでのことを考えると説明できることでも臆測は飛ぶのだ。マスコミの連中はまるで錬金術師のように無から有をつくりだすことができる。

 それに、どう考えても世間が納得するような説明なんて父さんには思いつかなかった。いまだ母さんのことを愛してる――なんて口が裂けても言いたくなかっただろうし、もしそう言ったら「じゃあ、結婚しなさいよ」と返されるのが落ちだった。しかも、そこに真昼ちゃんまで絡むとわけがわからなくなった。

 何回目かの電話で父さんが難航してることを告げると、真昼ちゃんはこう言った。

「オカマと一緒に住むことの整合性ある理由なんて、この私にだってわからないわよ。そんなのを求める方が、どだいイカレてるわ。オカマの私が言うんだから、これは間違いないわよ」

 けっきょく、父さんは事務所への説得を繰り返しながら引っ越しの準備も進めていた。

 

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《恋に不器用な髙橋慎二(42歳)の物語です。

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