「とにかく俺は行かないよ。清春も行かない。シゲが行けば充分だろ? あいつこそ身内なんだからな。それに、俺たちは今ちょっと忙しいんだよ」
「なにが忙しいのよ。どうせ毎日釣りして飲んでの繰り返しなんでしょ? あんた、漁師にでもなるつもり?」
「それもいいかもしれないな。俺、漁師に向いてる気がしてきたとこだし」と父さんは言った。
チョモの家族は笑っていた。父親は大きくうなずいてもみせた――受け入れ態勢ができていることを示したのだろう。
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。あんた、芸人以外になにができるっていうの? いいわ、このまま待ってなさい。美紗子に訊いてくるから。あんたが心配か、それと、あんたたちに来て欲しいか訊いてくるわよ」
「ちょっと待てよ!」と父さんは叫んだ。
でも、その声は届いていないようだった。受話器をじっと見て、父さんは舌打ちした。
「師匠、漁師になるってんなら、俺っちが仕込んでやりまさあ。なに、三年もすりゃ一人前になれますよ。――っと、そうなると俺っちは師匠の師匠ってことになるな」
チョモの父親はそう喚いた。チョモはなにか言いかけて、でも、黙ってしまった。父さんは笑いながらこう言った。
「そうなったら、おやっさん、お願いするよ。へたすりゃ俺も芸人廃業ってことになるかもしれねえからな。いや、なに、コイツは、」とチョモを受話器でさした。「――芸人つづけられるようにするから安心してくださいや。俺になにがあっても、本人がやりたいってなら頭下げて頼みこむんでね」
受話器から真昼ちゃんの声が洩れてくると、父さんは真顔になった。
「さて、美紗子はあんたのこと心配してるってよ。自分のせいであんなことになって申し訳ないって言ってるわ。それに、脩一さんのお葬式には是非あんたにも出てもらいたいんだって。さ、どうするの? 来るの? 来ないの?」
父さんはまた舌打ちをした。
でも、僕には父さんがどうするかわかった。真昼ちゃんの声はまだ洩れ聞こえていた。
「その後にちょっと相談したいことがあるから家に寄ってもらえる? どうせ暇なんだから大丈夫でしょ? じゃ、お願いね」
真昼ちゃんもまた舌打ちだけで父さんの意思を汲みとったのだ。
僕たちは次の日にその漁村を後にした。
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《恋に不器用な髙橋慎二(42歳)の物語です。
どうぞ(いえ、どうか)お読みください》