「あった! これはどうですか?」とマルちゃんが叫んだ。手には枯れ落ちた観葉植物(トネリコだ)の葉っぱを持っていた。
「これも使えるんじゃないですか?」
これはハブちゃんで、彼はペットボトルの蓋を手にしていた。
「ああ、これも使える」
ヤッちゃんは指輪を外した(彼は元ミュージシャン志望で常に指輪を複数していた)。
このような無駄な時間の後で、父さんは地図にそれらの目印を置いていった。
「まずは、ここが家だろ? こっから車で出る。最初は康夫が運転しろ。――で、この葉っぱのところで車を乗り換える。ここは地下駐車場があっからな。三台用意しとけ。どれに俺が乗ってるかわからなくすんだ。そいで、この蓋のとこにも三台用意しろ。それから、高速に乗る。で、今度はここだ――」
父さんは佐野インターの近くにヤッちゃんの指輪を置いた。
「この辺にでっかいホームセンターがある。そこにも車を三台だ。それから、また高速に乗って、一気に新潟まで出る。その頃にはマスコミ連中も減ってるだろ。もしかしたら全部巻けてるかもしれねえな。だけど、念には念だ」
父さんはヤッちゃんを見つめた。ヤッちゃんは呆けたような顔をしていたものの、「あっ」と言って指輪をまた外した。
「こっから、こう、ぐっと行って福島に出る。この指輪のとこにも、――そうだな、二台でいいか、まあ、用意しとくんだ。そっから下道で栃木に行く。埼玉を通って――ん?」
父さんは楽しそうにしゃべってたけど、顎に手を添え考えこんでしまった。
「あのぅ、どうしたんです?」とゴンちゃんが訊いた。
シゲおじさんは後ろに両手をついて首を振っていた。馬鹿げてると思っていたのだろう。あるいは、つきあいが長いから父さんの「ん?」の意味がわかったのかもしれない。
「いや、ところで俺はどこに向かってんだ?」
シゲおじさん以外の全員が一斉に後ろを向いた。
「それを考えないでしゃべってたの?」
僕はそう言った。
「うん。いや、なんだ――」
父さんは顔を赤くさせ、隣にいたチョモの後頭部を強く張った。
「ほら、おめえらがちゃんと考えてねえから清春に言われちゃっただろ。考えろよ。俺はいったいどこに向かってんだ」
そう言ってるあいだも父さんはチョモの頭を叩きつづけていた。照れ隠しにするには少々過酷な振る舞いだけど、まあ、それだっていつものことだ。
「シゲ! どっかねえのか? マスコミ連中に嗅ぎつけられないようなとこだよ。ここまで完璧な計画で脱出するんだ。すぐに見つかっちまったらアホだろ? な、どっかねえのかよ」
シゲおじさんは無言のまま考えてるようだった。視線は様々ところへ向かっていた。地図上の目印――木の葉、ペットボトルの蓋、二つの指輪――を見て、それから父さんを見た。その後で、視線は頭をさすっているチョモに向いた。
「ああ、チョモ、お前の実家って旅館だったよな。それも、ちっこい漁師町の、これまたちっこい釣り人宿だって言ってなかったか?」
「はい?」
頭をさすりながらチョモはそう言った。
「そうです。――ああ、なるほど」
父さんはチョモの後頭部を強く張った。パーンっという音が余韻を残して響くくらいにだ。
「よし! じゃあ、そこに決まりだ。――康夫!」
ヤッちゃんは慌てて指輪を外した。
「チョモ、これを置け。そこが目的地だ。じゃ、ルートを書いておくぜ」
父さんは赤マジックで『脱出ルート』を書き記した。僕を含めた全員が顔を見あわせて首をかすかに振った。ペンがあるなら、目印もそれで書けばいいじゃないか――と思っていたのだ。
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《僕が書いた中で最も真面目っぽい小説
『Pavane pour une infante defunte』です。
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