「その、」と僕は言って、深く息を吐いた。
「正直なところ僕も混乱してるんです。ただ、お母さんにこうしてお会いすることを選んだ時点で既に進むべき道を選んでいたように思います」
「つまり?」
母親は威圧的な声を出した。右側からはぶつぶつ言ってるのが聞こえてきた。
「つまり、僕もカミラさんを愛してるのだと思います。いつのまにかそうなっていたのだと」
篠崎カミラの身体は痙攣したかのように震えた。放心状態は終わり、手を意味もなく、また意味がわからないくらい動かしていた。
「カミラ! ちょっと落ち着きなさい。――あなた! あなたもよ!」
父親は「ふんっ!」と言って立ちあがったようだった。それから、背後をうろつきまわるような音が聞こえてきた。「いや、」とか「ふうむ」などと呟いているのも耳に入ってきた。母親は顔全体を歪めさせ、夫の行動を見つめていた(目が左右に動くのでそれがわかった)。しばらく(たぶん十分ほど)父親は同じ行動をつづけた。
僕と篠崎カミラはそのあいだずっと見つめあっていた。そうしていると、彼女と出会ってからのことが頭に浮かびあがってきた。自分の心の動き、彼女の著しい変化、そしてまたそれによって引き起こされた心の動き。それらはごちゃっとしていたものの細部まではっきりとわかった。
いつのまにかこの子のことが好きになっていたんだな――そう僕は思った。そして、それは突如として確信に変わったのだ。きっと彼女の持つ確信が僕にも行き渡ってきたのだろう。
「ちょっと失礼」
父親は僕の横を素早く通り抜け、妻と娘のあいだに腰をおろした。赤黒くなった顔をずいっと前へ出し、太腿の上へ肘をおいた。
「君、ほんとにカミラのことを愛してるのか? 一時の気の迷いとかじゃなく――その、なんだ、自分に起こってることの恐怖から逃れるためにそう言ってるんじゃないだろうな?」
「あら、あなたは気の迷いとか恐怖のせいで私と結婚したっていうの?」
母親が茶化すように言った。父親はさらに顔を赤黒くさせた。
「君はすこし黙っててくれ。これだけはどうしても訊いておきたいんだ。――さあ、こたえてくれ。君はほんとうにカミラを愛してるのか? これからもずっと私のかわいい娘を愛しつづけていくのか?」
「はい」と僕はこたえた。それにつづくべき言葉もすらすらと出てきた。
「カミラさんを愛しています。ずっと、これからも愛していきます」
父親はしばらく僕を見すえていた。瞬きすらしなかった。それから、ソファに深く座りなおし腕を組んだ。
「ふむ、そうか。そういうことならいいだろう。よろしくお願いする」
「父親らしいことができてよかったじゃない。大丈夫よ、この子たちは大丈夫。私にはわかるの。これは約束されたことだったのよ。そう、私にはこうなるってわかってたわ。――カミラ、おめでとう。あなたもやっと運命の人に巡りあったのね」
篠崎カミラは何度も深くうなずき、しまいには泣きだした。
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