「で、カミラちゃんのお母さんはお前を助けてくれるってのか?」

 

「わからない。でも、死ぬにしたって意味もわからずに死ぬのは嫌だ。俺は理解したいんだよ。なにが俺にこうしてるのかを。それを聴いてから判断したい。もしかしたら、それがきっかけになって――」

 僕はそう言いながら篠崎カミラのことを考えていた。いつのまにか僕の中に居場所をつくりこんでいた不思議な女についてをだ。

 そうなったのは外側に起こった幾つかのことを原因にしたようにも思えたし、そうでないようにも思えた。こうなることが決まっていたかにも考えられた。篠崎カミラの言い様では「巡りあわせがあった」ということになるのだろう。しかし、いずれにしても彼女は僕の中にきちんと存在していた。

 

 僕は小林を見つめながらこんなことを言っていた。自分でもわけがわからないまま言葉だけが出ていった。

「いや、きっかけはもう至ってる。あとはそれを俺が受け容れるかどうかってだけだ。そして、たぶんその準備はできていたんだ。――これは、お前のことを親友だって思ってるから言ってることなんだぜ。自分が混乱してるのはよくわかってる。それでもお前にだから話してるんだ。俺の言ってることわかるか?」

 

 小林は口を半開きにしながら首を振った。

「まったくわからない。わからないけど、――うん、でも、わかった。お前は混乱してるんだな? ま、そんなのが突然できたら混乱もするよな。だけど、カミラちゃんのお母さんに会えばなにかわかるかもしれないってんだろ? よし、とにかく会ってこいよ。で、なにかわかったら俺にも教えてくれ。絶対にだぜ」

 

 僕はネクタイをきちんと締めなおした。それから小林の肩を軽く叩いてこう言った。
「ああ、教えてやる。絶対に」


 その瞬間から僕は大きく変化をした。

 身に起こってることからすると適当な表現ではないのだろうけど『憑きものが落ちた』のだ。もちろん、それでも理解しがたいことは依然僕を取り囲んだままだった。しかし、僕には見えたことがあったのだ。――いや、これも適当な表現でないのかもしれない。僕が理解できていることは非常に少ないのだ。無いに等しいくらい少ない。

 

 しかし、ひとつだけはっきりしたことがある。「きっかけ」というのはセックスの隠語などではなく、僕と篠崎カミラとの関係が発展するにせよ解消されるにせよ、その岐路に至ったことを示しているのだ。まあ、僕と篠崎カミラとの関係と考えると引っかかる部分はある。ただ、分岐点に至ったというのは確かだった。行動としては彼女の『先生』でもある母親に会うというのが求められていることだった。昼休みになると僕は篠崎カミラに電話をかけ、屋上で待ち合わせた。

「あっ、あっ、あの、」

 

 篠崎カミラは後ろから声をかけてきた。僕はフェンスに手をかけ、周囲を見渡していた。日は強く照っていたけれど、ときおり風が吹き抜けていったので暑すぎるということはなかった。日陰になったところには灰皿があって、幾人かが煙草を喫いながらこっちを見ていた。背のえらく高い僕たちは目立っていたと思う。だけど、そんなのもどうだってよくなっていた。

「悪いね。呼び出しちゃって」と僕は言った。篠崎カミラは隣に立った。
「い、い、いえ。そ、そ、そんな」

 

「で、朝の話をつづけよう。小林がいたからまったくできなかったもんな」
「は、はい。で、でも、あ、あ、あの方は、と、と、とても、い、いいお友達ですね。わ、私は、そ、そ、そう思います」
「そうか? まあ、そうなのかもな。それで、君のお母さんに会うって話なんだけどさ、そういう場合っていくらくらいかかるんだ?」

 僕は首を曲げた。篠崎カミラもこっちを見ていた。髪が風に流され、顔がはっきりと見えた。

 

「い、い、いくらくらいって、そ、その、お、お、お金の、こ、ことですか?」
「もちろん。君のお母さんはそれが仕事なんだろ?」

 

 篠崎カミラは非常に穏やかな表情を浮かべた。唇は半月状になり、目許はゆるんだ。乱れた髪を耳にかけながら彼女はこう言った。

 

「さ、佐々木さんからは、き、き、きっと、お、お金は、い、いただかないと、お、思います」

 

 

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