雨は強くなっていた。ボツボツボツと音をたてて傘にあたった。街灯は消えたままだった。ちょっとした手違いなどではなく、ほんとうに電球が切れてしまったのだろう。僕はもう一度舌打ちをし、コンビニでビールとカップラーメンを買い、マンションへと歩いていった。

 ただ、その途中で立ちどまり、また別の街灯を見あげた。そういえば鷺沢萌子とはじめて会った幾日か前にも街灯が消えたっけな――と思い出したのだ。日付までは憶えてないけれど、確かにそういうことがあった。

 いったいこれはどういうことなのだろう? 僕からなにかが放出されていて、それが電球に影響を及ぼしたとでもいうのだろうか? 電磁波的なものかもしれない――そう思って、僕はすぐに首を振った。僕はとくに電磁波に詳しいわけじゃないのだ。人間からそんなのが放出するかなんてことも知らないし、それで電球が切れるのかもわからない。

 部屋にたどりつき、明かりをつけると僕は溜息をついた。部屋はまだ荒れたままだった。七月八日、あの呪われた日に見たのとほぼ同じ状態だった。服はあちこちに散らばっていたし、小物の類いは至る場所に転がっていた。鷺沢萌子と名乗っていた二十五、六の女は金目の物をあらかた持ちだし消えていた。鍋(フィスラーのけっこういい物だった)や食器(ロイヤルコペンハーゲンのも含まれていた)も持っていかれてたのだ。炊飯器や電子レンジまでなくなっていた(だから、僕はカップラーメンを食べるしかないわけだ)。そういった意味ではあたりまえのことに通帳や印鑑、キャッシュカードも盗られていた。本棚のとある場所に隠しておいたメインバンクのものだけは無事だったからよかったけれど、七十五万八千円が引き出されていた。九日間かけてあの女は僕から様々な情報を聞きだしたってわけだ。暗証番号もそこから割り出したに違いない。はじめからそういうつもりで近づいてきたプロなのだ。

 そして、プロらしく自分に結びつくようなものは一切残していなかった。警察に通報はしなかったけれど(そんなこと誰にも言いたくなかったのだ)、きっと毛筋一本、指紋一つも残していないはずだ。ただ、唯一残していったものがあった。それは二人でカレーあるいはハンバーグを食べていたダイニングテーブルに置いてあった。一枚の紙切れであり、それも僕のノートから引き千切られたものだった。僕はそいつを手に取り、ひとりで泣いたものだ。
 そこには『バーカ!!』と書いてあった。

 

◇◆◇

 

 街灯が突然消えた雨の日から十日後に僕はまた合コンに誘われた。その話を持ってきたのは同期の小林という、いかにも押し出しの強そうな、そして実際にも強引なところのある男だった。営業二課に所属していて(ちなみに僕は営業一課所属だ)、次の人事では課長補佐くらいにはなれるだろうと囁かれている人物でもある。

 僕は前回の相手はどういう集団だったのか彼に聞き糺したことがある。鷺沢萌子が消えた直後のことだった。
「どういう集団? あれ? 言ってなかったっけ? ほら、けっこう前に俺がつきあってた子いたろ? ネイリストの」
「ああ」と僕は言っておいた。ただ、あまりよくは憶えてなかった。小林はちょくちょく『彼女』が変わるのでいちいち憶えるのも面倒なのだ。

「その友達がいたんだよ、あの中に。ほら、ちょっと派手目の、顔はそこそこって感じの。――憶えちゃいないか。なにしろお前はずっと一人に集中してたもんな。あの子とはうまくいったんだろ? 佐々木は最近浮ついてて、やるべき仕事も投げだして帰るって評判だぞ」
 小林は僕の背中を張り飛ばすようにして笑った。顔をそむけさせ、僕は奥歯を噛みしめた。泣きそうな気分になっていたのだ。

「ま、そのちょっと派手目な子が集めてきたんだよ。あの子は飲み屋でバイトしてんだけど、その店の同僚と、その友達とか言ってたっけな。っていうか、自己紹介みたいのはしただろ? お前、それすら聴いてなかったのか? いや、ほんとたいした集中力だな。あの子しか目に入ってなかったってことだもんな。でも、それがどうかしたのか?」
「いや、別になんでもないよ」
 僕は弱々しく首を振った。あまり手がかりになりそうもないのがわかったからだ。

 

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