佐藤です、小説書いてます。

佐藤です、小説書いてます。

小説を書くこと、読むこと――について。
あと、思いついたことなどを、
まあ、そこはかとなく。

 

 父さんの死について書くのは僕にとって苦行の類いでもある。

 

 しかも、その死が少しく謎を残すものであるからなおさらだ。温佳はそういう僕を彼女なりのやり方で見守ってくれている。

 

 しかし、思い悩んでるのを見かねてか、このように言ってきたことがある。

 

「やめたきゃ、やめればいいじゃない。書きあげるのにどれだけの意味があるの? あんたにとっては書きつづけることに意味があったんでしょ。話を聴いて、自分の育ってきた環境やらそこで起こったことを思い出すのにこそ意味があったんじゃないの? だったら、途中でやめたっていいわけじゃない。終わらせるのが目的じゃないはずよ」

 

 それを聴きながら僕は井田隆徳のことを考えていた。彼のけっきょくは書きあげられなかった小説についてもだ。

 

「いや、」と僕は言った。「どんなに困難であっても、これだけは書きあげなきゃならないんだ」

 

 未完の大作以外の彼が書いたものは、ほぼすべて僕の手許にある。その紙束にあった文章(前にも引用したものだけど)に、こういうのがある。

 

『小説は――いや、小説によらず全ての作品は、完成させることによって初めてその価値を生じさせる。最後まで(この「最後」というのがいったい何時訪れるのかは謎だが)つくられてない作品は、どんなに素晴らしい要素が含まれていようとも、完全なる価値を有していない』

 

 僕はそれを引きあいに出して、これだけはなんとしても書きあげなければならないと言った。温佳はしばらく目を細めていたけど、手を伸ばし、頬にあててきた。

 

「だったら、書きあげなさい。単純な話よ。あんたは自分のすべきことを知ってる。それは今のあんたにとって必要なことなのよ。草介おじさんの亡くなった理由がどうであれ、それに立ち向かう必要があるんだわ。

 

 真実ってのがどんなものであっても、それを見つけられなくても、そっちの方を向いていくのが求められてるってことでしょ。だったら、書きあげなさい。井田隆徳ができなかったことをしてあげるってことにもなるわ。それに、これはあんたがはじめたんでしょ」

 

 温佳の言葉は、音として多重に聞こえてくる。

 

 それは真昼ちゃんの声や父さんの声、井田隆徳の声をともなって耳の奥へ入りこんでくる。今や失われてしまったそれらの声は、そうやって僕を方向づけてくれるのだ。

 

 

 僕が父さんの死に疑問を持ってるのを温佳は半分程度仕方のないことと思ってるようだ。ただ、その傾向が強くなりすぎると、補正するように言葉をかけてくる。

 

「何度も言うようだけど、あんたはロマンチックに過ぎるのよ。ありのままの現実ってのはそういうもんじゃないわ。あんたは過大に物事を見てるの。母さんみたいにおおげさに、井田隆徳みたいに神秘主義的にね。予言だなんだってのは馬鹿げてるわ。

 

 ねえ、近しい人が死ぬと、まわりの人間は大なり小なり罪悪感を持つものよ。あたしもお父さんが亡くなったときそうだったもの。ううん、いまだにそうよ。もっとなにかできたはずって思うの。あのときああしてればよかったんじゃないかってね。でも、それにとらわれすぎちゃ駄目よ」

 

 僕たちは今も一緒に暮らしている。

 

 この関係は夫婦のようだともいえるだろうし、ただ単に兄妹ともいえるのだろう。こういう関係を指し示す言葉は僕にも温佳にも見つけられなかったのだ。僕たちの生活は《家族》の延長線上にあり、しかし、それだけではないものだ――としか言えない。

 

 真昼ちゃんであれば「家族の成りたちを人に説明する義務なんてないでしょう?」と言うかもしれない。ただ僕たちは互いを非常に大切な存在と認識し、離れがたく思ってるだけなのだ。

 

 永遠というものがあるならば、永遠に。そういうものがないなら、それでも二人に死が訪れるまで。

 

 誰かがこの関係に名前をつけたとしても、それはどうでもいいことだ。自分たちに相応ふさわしい名前はつけたくなったら自らつける。僕たちはともに呪われた名前から逃れ、麗しい呼び名をつくりあげた早乙女美紗子の子でもあるのだ。

 

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    佐藤清春最新作!

 

夏目漱石の『三四郎』を中心にすえた

売れない小説家と女子高生の恋愛物語。

 

高校の文芸部にあらわれた外部講師、

彼は『三四郎』を使って創作の講義をするのだが……

 

美禰子の『我が罪』とは何か?

pity's akin to love』は誰についての言葉?

無意識の偽善』とは?

――などの講義中に起こる

幾つかの恋愛模様と

主人公の抱えた秘密。

 

けっこう手ごたえを感じてる作品なので
気になる方は是非お読みになってくださいね。

 

 一九九一年の春から僕は予備校へ通うようになった。

 

 淳平は難なく志望校へ入ったのだけど、頻繁に訪ねてきては大学には自分好みの女の子が多いと言いつのり、それにもかかわらず彼女ができないとこぼした(とはいえ、夏休み前には念願の彼女ができ、訪問頻度は激減した)。

 

 これも難なく特進クラスに入った温佳は絵美と加奈子とそれまで通りか、それまで以上に仲良くしていた。

 

 彼女たちは結社を組んでるように連絡を取りあい、一緒にいるときは三人の恋人同士みたいな距離をたもちあっていた。だから、僕は絵美とたびたび顔をあわせていたし、温佳が同じ空間に居あわせることだってあった。そういうときは気まずい感じになったものの、時の経過がしだいにそれを消していってくれた。

 

 得るものの多い年齢であったから、過ぎたことにあまり重きを置く気分になれなかったのもあったのだろう。

 

 傷は傷として確かに残るけど、受け取らざるを得ないものが多く、しかも、そのいずれもが未経験だったので、僕たちはそれらに馴れるのにより注力しなければならなかったのだ。

 

「そういう意味じゃ、草介おじさんは過ぎたことに引っ張られすぎてたのかもしれないわ。誤魔化しがきかないようになってたのよ」

 

 温佳はそう言ったことがある。

 

「あの頃のあたしたちだって別に誤魔化そうとしてたわけじゃないわよ。でも、うやむやにできることはそうしてた。でしょ? 深刻になろうと思えばずるずると深刻になったはずよ。

 

 だけど、あたしもあんたもそうはならなかった。過去についてだってそうだし、先のことだってそうだったじゃない。明日のことを思いわずらうな、よ。明日のことは明日みずから思い煩わん。一日の苦労は一日にて足れり」

 

 せんだん学園卒業後、温佳は音大へ進んだ。

 

 ピアニストになるのは温佳にとって「生まれたときから決まってたこと」だったし、それは早乙女脩一氏の死によって「簡単には変えられないもの」になってもいた。しかし、あるとき突然弾くものを変えた。ジャズをやるようになったのだ。

 

「お父さんとは同じになれないってわかったのよ」

 

 温佳はそう言っている。

 

「で、そうであるなら、これ以上クラシックにしがみつきたくなかったの。そういうの一念みたいなのって、あたしには重たいの。別に張り合おうってつもりもなかったのよ。でも、ずっとピアノやってて、お父さんの弾いたのを聴いたりしてたら、このままじゃいけないって思ったの。だって、あたしの弾く音はお父さんのとあまりにも違いすぎてるんだもの」

 

 温佳は音大で仲間を見つけ、在学中からジャズトリオとして活動するようになった。そして、かつて父さんや母さんがそうであったように仕事が入ると家をしばらく空けるという生活をしている。
 

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雑司ヶ谷近辺に住む(あるいは
住んでいた)猫たちの写真集です。

 

ただ、
写真だけ並べても面白くないかなと考え
何匹かの猫にはしゃべってもらってもいます。

 

なにも考えずにさらさらと見ていけるので
暇つぶしにどうぞ。
 

 

「――で、お父さんの話だったよな? 悪いね、話が飛び飛びになっちゃって。あそこでのことになると、どうもしゃべりすぎちゃうんだ。そうだなぁ、あれについちゃ、いまだ確定した意見なんてないよ。あったことをそのままなぞるくらいしかできない。それ以外は想像で話すしかない」

 

 そこで言葉をきり、彼はじっと見つめてきた。

 

「それでもいい。聴かせてくれよ」

 

「君は事故じゃないと思ってる。そうだよな? 事故じゃなきゃ自殺ってことか? でも、俺はあの人が自殺したとは思えないんだ。まあ、確かに表現者には自殺するのが多いよ。とくに言葉でもって表現する者に多いんだ。なんでかわかるか?」

 

 わからないというように僕は首を振った。

 

「自分の内側にあるものは言葉にすべて置き換えられないんだよ。言葉ってのは万能じゃない。不完全な道具なんだ。それでも人間は、その不完全な道具で伝えようとする。そんなのが成功すると思うか? 伝わるのはいつだってほんとのことの一割二割さ。まして、君のお父さんは漫才師だった。理解しづらいことを言いつづける必要があった。

 

 漫才ってのは、ダイアローグの繰り返しだろ? ボケは理解しがたいことを言う。ツッコミがそれを落とし込む。ボケの言うことがすぐ理解できるようじゃ面白くない。思いっきり飛び跳ねた、すぐにはわからないことを言うんだ。それをツッコミが理解可能なものに鮮やかに変える。それが優れた漫才だ。最良のな。

 

 だけど、君のお父さんは相方を失ってしまった。いや、ずっと漫才なんてしてなかったけどな。俺があそこに住むようになったときにはそういう状態だったけど、それでも俺は思うんだ、漫才師にとって相方の存在ってのは不完全な言葉をより完全に近いものへ変えてくれるものだってな。君のお父さんはモノローグでいくしかなかった。これは常に不理解を呼ぶものだ。そういうのは単純にキツイんだよ。表現する者にとって不理解ってのはキツイものなのさ。それで、自殺者が増える。ただな、そうはいっても君のお父さんが自殺したとは思えない」

 

「どうして?」

 

 サラダボウルのアボカドを刺すと、彼はそのままの格好で見つめてきた。表情は固まったように動かなかった。

 

「勘だよ、勘。井田さんふうに言えば、それじゃ登場人物の感情に寄り添った物語にならないからさ。まさに突飛な終わり方だよ。それに、君のお父さんはそういった不理解なんて跳ね飛ばす力を持ってただろ。俺が見ていた限りじゃ、ヒール/ソール草介ってのはそういう人間だったぜ。――ところで、君はどうして事故じゃないと考えてるんだ?」

 

 僕はあいまいな表情をつくった。それは、こういうときにいつも用意するものだった。僕にしたところで確定した意見など持ってないのだ。

 

「遺書か、それに近いものでも見つかったのか?」

 

 彼はいまだその質問癖をなくすことができなかった(三度目の離婚はそれによってもたらされていた――あまりにも干渉されるのを嫌って奥さんが逃げたのだ)。

 

「よくわからないんだよ。あの人は多く書き残しすぎてるんだ。何冊ものノートにびっしりとね。ほとんどは漫才のネタだったりするけど、それ以外も多い。多すぎるんだよ。そのどれもが遺書のようにとれる。何度も読んだけど、わからないんだ。いつだって混乱させられるんだよ。だから、こうやっていろんな人に話を聴きまわってるし、あの人が生まれたときからのことも書いてる。だけど、それでもわからないんだ」

 

 じっと見つめる顔には家族的な微笑みがあらわれていた。今となっては兄のような存在でもある彼はそうやってはげまそうとしていたのだろう。

 

「迷うことがあったら、――書いていてということだよ。人生についてじゃなく――迷うことがあったら、君の魔術師先生に相談するんだな。俺もそうしてるようにね。きっと、しかつめらしいことを言ってくれるよ。そういう言葉を落としてくれるさ。君がいま書いてるのは経験をもとにしてるものだけど、そこにだって想像力は必要なはずさ。『ノンフィクションだって一定部分は虚構だ』だろ?

 

 であるなら、お父さんの死については君が自分の想像力で書くしかない。資料はたんとあるわけだろ? 経験だってたんとある。あとは、それらを想像力で繋ぎとめるんだな。登場人物の感情に寄り添った物語でありさえすれば、それはきっと最良のものになる。そして、最良の物語ってのは真実を描けてるはずなのさ」

 

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    佐藤清春最新作!

 

夏目漱石の『三四郎』を中心にすえた

売れない小説家と女子高生の恋愛物語。

 

高校の文芸部にあらわれた外部講師、

彼は『三四郎』を使って創作の講義をするのだが……

 

美禰子の『我が罪』とは何か?

pity's akin to love』は誰についての言葉?

無意識の偽善』とは?

――などの講義中に起こる

幾つかの恋愛模様と

主人公の抱えた秘密。

 

けっこう手ごたえを感じてる作品なので
気になる方は是非お読みになってくださいね。