僕が生まれたのは、伊勢の山あいにあるとある小さな村だった。


田んぼと山に囲まれた、緑の匂いが風に混じって鼻をくすぐるような、そんな田舎の風景の中に、僕の家はあった。


家族は、父と母、そして姉が三人。だが、父はほとんど家にいなかった。出稼ぎのために遠くの地で働いていたからだ。僕にとって「父親」という存在は、アルバムに貼りつけられた写真や、たまに届く手紙の中の人だった。


家は、正直言ってボロだった。

雨が降るたびに、天井のあちこちからポツリ、ポツリと雨漏りの音がして、バケツや洗面器を持って家の中を走り回るのが、子どもたちの役目だった。そんな家でも、不思議と寂しさや不満を感じたことはなかった。いつも誰かがいて、笑い声があったからかもしれない。


僕の最初の記憶は、三歳のときの大きな台風の夜だった。

風が唸り、家がギシギシと音を立てて揺れる。

「このまま家がこけるんちゃうか」──そんな恐怖が、幼い心を容赦なく襲った。


僕は布団の中で目を閉じ、ただただ祈った。

神様、仏様、ご先祖様──どうか、助けてください。

何度も、何度も。小さな声で唱えるように、心の中で繰り返していた。


それは、祈りというより、しがみつくための言葉だったのかもしれない。

後から聞いた話によると、家は伊勢湾台風のときにすでに傾いていて、次の大きな風が来たら潰れるかもしれないと言われていたらしい。

それでも、あの夜、家は倒れなかった。

そして僕は、祈ることを覚えた。