※この記事には虐待についての表現が含まれる為、苦手な方は閲覧なさらないように注意してください。


助産師でありYouTuberであるHISAKOさんの毒親動画が炎上した件で思うことがあり、このブログを書くことに決めました。

様々な意見がある事は承知ですが、私の人生を振り返りながら、思うことを記します。その為かなり長文です。

長いので何編かに分けましたが、いよいよ本題

(他は読まなくてもいいかも)

これで最後です。


虐待被害者である私が毒親というワードに対して思うこと。


つづき↓


毒親という言葉も、アダルトチルドレンという言葉も世間に認知されたのは比較的最近の事だと思います。


言葉を知った時は、自分を客観視するのにとても役立ちました。

しかしそういった言葉は私にとっては自分を理解するツールにはなりましたが、それ以上でも以下でもありません。


多くの方にとって、落とし所を見つけて楽になり、そこからどう生きていくかに繋げる補助的な言葉として役立つものだと思いますが、それにも個人差があり、逆にこの言葉に依存してしまう方もいるように思います。


言葉によって救われる方が大勢いる反面、その言葉から抜け出しにくくなってしまう方もおられるのが、こういう言葉のネガティヴな側面だと思います。

用法用量のバランスが非常に難しい言葉たちです。


私は客観的に見れば自分の親が毒親であるという事は理解していますが、自分の親を毒親だと言うつもりはありません。


今更あなたは毒親だった、と親を責める気もありません。そんな気力もない。吸い取られすぎたのでしょうか。笑


それぞれの人生にもまた歴史があって、その中で彼らも必死で生きてきたという、その人格全てを否定してしまうような、あらゆる想像力を排除してしまうパンチのある言葉のような気がして、毒親というワードはあまり使いたくないのです。



私にとっては、
あんな親だった。あんな家庭環境だった。でも現実(私の人生)は続いていく。それだけです。

ポジティブでも何でもなく、ただ現実の生活に追われているからこう思うのかもしれません。



私と同じように親に悩まされ振り回されて生きてきた方達が、毒親にはなりたくないと奮闘されている中であのHISAKOさんの動画で傷ついた方達がいるのはとても残念です。


愛情を持って子育てしているのに自分は毒親なんじゃないかと悩んでしまうような親御さんに、本当の毒親はそんなものじゃないからあなたは大丈夫だよ、に留まれば傷つけずに済んだかもしれません。(本来そういった意味で仰られたのだと思いますが)



また同時にこの動画のおかげで楽になれた方もおられると思います。


発信するという事は本当に難しく、受け取り方も千差万別です。

誤解を生み、本来の意図を説明しようとしても言い訳と捉えられてしまう事もあり、謝罪も難しい所です。



全員に言葉の意図をきちんと理解してもらう事はきっと不可能で、誰も傷つけたくない、誰も不快な思いにさせたくない


と全方位への配慮を一番に優先するならば、自分の意見は言えなくなります。


そんな世の中では息苦しいです。


そんな中で、駄目な部分もさらけ出しながら、自分の意見を言ってくれる存在は私にとっては貴重です。



明確に誰が決めた訳でもない世間の基準や、普通の在り方を模索しながら、色んな環境の中で子育てを頑張っている方達。そういう方達に、想像力を使って寄り添いたい。といつも仰ってるHISAKOさんだからこそ、今回自分が傷つけてしまった層と被るわけで、ご本人も相当辛いのでは…と察しています。



彼女の全ての動画を見てる訳ではないですが、全てに共感する訳ではないですし、それはちょっと…という場面も正直あります。


しかし、それはそれ。完璧な人はいません。そんなものです。万人に好かれるのも無理です。

人の一部を見て嫌うより、その人の良い部分に目を向けられる人でありたいです。


良い面も悪い面も含めて、HISAKOさんらしさに救われる方もたくさんいらっしゃると思います。

嫌なら見なければいい、と言いたい所ですが視聴者がファンだらけになって世間とズレがあるような発信になる事はご本人にとっても望んでいる事ではないと思います。


そこに一番の発信する難しさがあるのだろうなと思います。


もしも私がママになれなかったとしても、彼女のように、色んな立場で生きてきた人達を理解しようと努力してくれている人がいる事を知れただけでも、私にとっては大きな財産です。



生きていれば、うまくいかないことはたくさんあります。そこに毒親育ち、虐待育ちという背景は通用しないのが厳しいけれど現実の社会です。


本当に厳しいなと思いますが。


私の親は行き過ぎなので論外ですが、

親だって間違いを犯す、完璧な子育てはない。当たり前の事だと思います。


子供があまりにも親に完璧を求めるのも違うと思います。


最近はこの風潮が強すぎる気がして…親でいるのも本当に大変だと思います。


そんな中で、見えない敵である"世間"や、配慮配慮に疲れていたり、子育てに戸惑っているママさん達に向けて、HISAKOさんは動画を作っているのだと思います。


彼女の動画から、笑顔で子育てというのは、何もかも自分本位で子育てしていいという事ではなく、

衣食住があり、家族が笑っている。愛情を感じさせている。そういった事ができていれば、あまり思い悩みすぎずに、自分を責めるのは止めよう。という事なんだと伝わってきます。

何よりも親がおだやかに、笑顔で活き活きしている事が子供にとっても心の栄養になる事をよく理解していらっしゃるのだと思います。



海外に住んでから、日本よりももっと親の幸せ基準で子育てしている家庭もたくさんあり、活き活きした親もたくさんいて、何よりもまず一番に子供を優先するのが美徳とされる日本とはまた違った価値観がある事も知り、勉強になっています。


同時に、親にばかり求めるのではなく、社会の在り方の方に改善点が必要な面も多々あると思います。

そこに考えを巡らせるのも、次の世代を作っていく大人として必要な視点だと思います。

なぜ日本には毒親が多いのか?を掘り下げて考えると、色々な社会問題が潜んでいるように思えます。


そして、暴言に暴力、虐待などは以ての外ですが、全てを完璧にできないなら子供を産むべきではない、という意見もあると思いますが、これはあまりにも極論だと感じます。

生きていく中で、親は完璧な存在ではないこと、人は皆完璧ではないこと、自分もまた完璧ではない事を学びます。

そうして社会を知り、他者を思いやる気持ちを知り、人として成長しようと努力をします。


その中で自分がどのように生きていくのか。

私のように傷を負い、普通に生きるという事がどれだけ難しい人でも、自分が生きるためにできる事はなんなのかを探るしかありません。


傷を負ってしまったからこそ分かる人の痛みもあります。その想像力は自分の親に対しても使えます。

親のことを好きにならなくてもいいし、許さなくてもいいし、ずっと嫌いでもいいけど、想像くらいはできる。

自分が嫌いな相手の立場に立って考えるって本当に難しい事ですが、それができるのもまた人間の良い部分です。時間はかかるかもしれないけど。


最後になりますが、

ひさこさんは、その優しさから、助産師という枠を超えて、繊細な問題を扱い過ぎてしまった気もします。

だからこそ悩みを抱える繊細な視聴者が増え、女神のような振る舞いを求められてしまっているように感じます。

そう思うと彼女自身が撒いた種なのかもしれませんが、

彼女は女神でもなんでもなく、なんでも解決してくれるスーパーマンでもありません。

完璧な人はいないし、完璧な発信だって難しいですが、編集して良い部分だけを見せるようなやり方ではなく、ありのままを見せてくれるひさこさんが私は好きです。

もちろん今回の反省を踏まえる必要はあると思いますが、あまりに配慮配慮しすぎた内容に変わってしまうのはさみしいです。

今後の動画傾向も変わらないといいなと思っています。

感情的な所が私の良い部分でもあり悪い面でもあり、と仰ってたような気がしますが、その通りだと思います。笑

でもそれでいいと思います。こんな時代に、人間味があって。

言葉に棘を感じる時もありますが、誰かを傷つけてやろうという悪意は感じないですし、バサッと言ってくれる事で救われる方もいると思います。

あまり配慮を気にしすぎても、彼女の良さが消えてしまいます。


私にとっては、こんな人がいるんだ、こんな人が頑張っているんだ、という事を知れるだけで励みになっています。

その中で自分の意見を持ち、違うなと思ったことは意見できる視聴者でありたい。


私は彼女のファン?なのでしょうか。笑

よく分かりませんが、炎上動画で指摘や批判に留まらず、ただ心無い言葉を浴びせるコメントなどを目にしていたたまれない気持ちになり、

私は彼女に心からの勇気をもらい、励まされた事がある事、前向きに考える励みになっていること、

私は子育てをしているわけではないので当然かもしれませんが、悲惨な境遇で生きてきたけど毒親動画で傷つかなかった私のような人もいること。

同じように感じた視聴者もおられるのではないかと考え、自分の過去もさらけ出し、思っていることを書き記しておこうと今回このブログを書きました。


取り留めのない稚拙な文章で、長~~くなってしまい申し訳ありません。



ブログは初めてでアメブロもよく分かりません。これを書くために開設したので、きっとこれで最後の投稿になると思います。


どんな生い立ちであれ、人生はどこまでも大変です。腐らずに思いやりを持ち、前向きに生きていきたいと思える世の中であってほしいと切に願います。


もしも読んでくださった方がいれば、ありがとうございます。m(_ _)m