「選択や決断をできなくしているのは、自分自身が抱く怖れである」
確かに、その通りかもしれない。
その囚われから逃れるためには、その怖れと直面するしかない。
何を怖れていますか?
「選択や決断をできなくしているのは、自分自身が抱く怖れである」
確かに、その通りかもしれない。
その囚われから逃れるためには、その怖れと直面するしかない。
何を怖れていますか?
何が最も善き”答え”かなんて、本当に分かり得るだろうか?
その状態こそが答えのような気がする。
決められないなら、決められない時なんだよ。
理性でも知性でも感情でもない領域の声に、意志に、姿に、
意識を巡らせる。
それは、ただ"在る"だけ。
エゴや、感覚や、思考のもっともっと奥にいるから。
最後のピースをはめるには、マインドやエゴではなく、
マスターに判断を委ねること。
自分の思いを貫くことで、はまるものでもない。
マスターとは、良心であり、美しき姿、内なる光・・・
色んな雑音を取っ払わないと出会えない"自分の中"の存在であって、
外にはいないよ。