もう一気に読みました。

大分前に「大家さんと僕」を読んでとてもほのぼのした記憶だけが残っていて。

ただ細かいところは忘れていたので、そうだった、そうだった、大家さんは伊勢丹愛が深いのだったとか、「ごきげんよう」とおっしゃられるのだったな、とか思い出しました。

やっぱり、矢部太郎が病床の大家さんに家を買わせて欲しいというくだりはグッときましたね。

私自身は今後収入が減ることが気になって、ここのところ節約系のYoutubeやらブログやら眺めて、いかにして「お金をかけない豊かな暮らし」とやらを手に入れようかな?なんぞと思い巡らしていたのだけれど。。。

この大家さんは、2日に一度美容院でシャンプーブローをし、なにかといえば伊勢丹でお買い物をし、シャンソンのコンサートへ行き、外食も楽しみ、矢部太郎にちょっとしたものを振る舞う。いわば、お金をさほどはケチらない豊かな暮らし。


考えさせられました。

無論、資産は十分におありになるのでしょう。でも、早くに離婚されたようでもありますし、何かバリバリ仕事をしていた方でもないようで、仮に相続した大きな財産があるとしても(相続税がかかる)、大家としての家賃収入があるとしても、他に何か太〜い収入源がない限り、固定資産税も高そうだし、本来は雑草取りとか庭木維持とか結構な出費だろうし(矢部さんと友達が代行)、言うほどは楽で無いと思う。

もう生きているだけ、持っているだけ、で出費は嵩むもの。

預貯金があったとて、年金があったとて、相当大きな配当やらの収入が無いと誰しも不安になって、伊勢丹やめよう、美容院でのシャンプーやめよう、外食やめようモードになる気がする。

なんとかなりそうな日々だというのもあるのかもだけど、この大家さんは、考えても仕方ないから、お金の尽きる心配をするより、自分の心地よいことを優先しようとされていたのでは?と勝手に想像。


お身内を立て続けに亡くされたことが、下宿人を入れる最大の動機になっていたように思えるし。こういう行動って、心の健康や社会的健康を維持することに繋がっていたのじゃ無いのかな?って思う。


確かに、心配したってしようがない気もするな。


このように針が右や左に大きく振れる私なのであった。