オーラソーマにはネックレス用のボトルとか、細長いやつをネックレスに仕立てたものとかありますが
めちゃくちゃ高くてありえねぇ、と思っていました。まぁいづれ買いたいけど…うぐぐ。と。

ジブンデボトルの中身を小瓶にいれちゃえばいいんじゃないの?と思ってましたが、なんかイクイリブリアムボトルのガラスは特別配合でうんたらかんたらーと
なんかすごそうに語ってる人がいたから、ダメなのかなぁ…と思っていましたが!が!

seria(百均)のお菓子もどきアクセサリーとか作る素材コーナーに、ミニミニの小瓶をついに発見いたしました!

でためしに消毒などしてから、手持ちのイクイリブリアムボトルを入れてみた。
すごいのこれが!
小さいのにエネルギーを感じるんです!
なんかもう宝物みたいに綺麗だしこれはすごくいいものだ!と見たとたんに感じました。
今の私は大きいボトルよりこのミニミニイクイリブリアムボトルの方がエネルギーを感じる。なぜだろう(笑)

ビンが百均のやつでいいのかなぁ、とか思ってましたが問題なさそうですね。
一応浄化はしましたが。
中身の液体のエネルギーが強くてボトルのどうこうとか、わからない。
ていうかガラスはガラスですからねぇ。やってみてよかったわぁ。

小瓶のくびのところにワイヤーを巻いてネックレス対応にしました。

ゆるゆるのコルクのふたのやつを買ったのですが
やすいコルクは水分を吸収したりしたら劣化の影響が大きくてぼろぼろくずれてしまったことがあるので、近頃はやりのレジン液でコーティングして
またレジンをつけてふたを固定させました。
レジンとやらが世に出てきた時代でよかったぁ。
写真はこちら

私はやっぱりキリストのエネルギーにすっごく癒され満たされます。
もう一個のはポケットレスキューだったペールコーラルのボトルです。愛の叡知かな。

コーラルの方はとてもやわらかいエネルギーをしているんですねぇ。
ボトルに詰め替えてみてはじめてなんかよく分かりました。
エネルギーも、最初は感じられなかったけどじょじょに主張が出てきた感じ。ポケットレスキューだったからかなぁとも思いますしよくわからないな。

とにもかくにも
オーラソーマは直感を大事にするコンテンツ。
私は小瓶につめたいという自分の直感を大事に、ちょっとオーラソーマ社にはなんか言われそうで怖いけど(笑)これでいいやと思います。

小瓶つくるために、ひさびさ新たにボトルほしくなったから、オーラソーマ社としてもいいと思いますぜ?(笑)
リーディング目的で四本選んでみました。



前回は一本目が頭は天に足は地に、で

2本目がグレーテル、三本目ヘンゼル、四本目が愛の叡知/報われない愛

というコーラルが特徴的なボトルを選んでいましたが、今度はコーラルがありません。

ちなみに前回に選んだうち、愛の叡知のポケットレスキューボトルを所持しておりましたので、それを使っていました。なんか使ってみたら、びくびくしていた部分がほっと自然体になるような感覚がしましたねぇ。いいボトルだ。
今回はコーラルがないというのは、コーラルの課題はその経験で十分だったのかもしれませんね。



新たに選んだのは、昔に選んだボトルを彷彿とさせる、意義深いというか興味深い四本です。



一本目が、頭は天に足は地に

2本目がアルテミス

3本目が風の中のキャンドル

四本目がキリストです。



私は過去、キリストのボトルを一本目に選んでいました。そして2本目に古い魂を選んでいました。

それが、3本目に風の中のキャンドル、四本目にアルテミスのボトルを選び、この2本を使ってからキリストを選ばなくなり

さらにはオーラソーマボトルもあまり興味をひかれなくなりました。



そのときにあった学びは、風の中のキャンドルでは、いくら尽くそうとも自分を犠牲にしていてはほしいものは得られないという残酷でやさしい現実で

アルテミスでは自分を愛し、大切にすることを最優先にする自己愛を学びました。



私にとってものすごく強烈な経験のあったこの2本、選ばなくなったと思ったらまた出てきた、と思ったら今度は順番が逆だ!しかも四本目がキリストだとぉーー!?



これは書かなきゃな(笑)と思い記事にいたしました次第でございまする。



この四本、選んで眺めてみたとたん、いつになくその意味をぱっぱっと思い付きました。



過去の位置にあるアルテミスのボトルは、自己愛の重要さを。

そして現在たる風の中のキャンドルは、自己愛を基準とした、犠牲にならない人助けをできるようになるってことじゃないかなと。実際に最近はなんかしたいーーってむずむずしてます。



それらが身に付いたなら、四本目、未来のボトルにあるキリストのように強く優しく奉仕的だが犠牲的でない人間になる。という意味じゃないかなと。



私はやっぱりキリストのボトルとは縁が切れぬようだ(笑)奥深いボトルだなぁ。



キリスト教で犠牲精神を説いた人物としてマザー・テレサが有名ですが

彼女のその心の闇をつづった本の内容を知り、やはり犠牲精神はだめなんだなぁというのが分かりました。

にも関わらず、犠牲にならない愛を学ぶ私の選ぶのはキリストだよ。

キリスト教はしらんけど、イエス・キリストその人は、過度に犠牲になったつもりはないんじゃないかなぁと思わずにいられませぬな。

はりつけ処刑なんかも

ま、いいか(笑)

くらいなのかもしれぬ。



耐えねば耐えねば、と必死になったマザー・テレサとキリストの差はそういうところじゃないかなと思うのでございまするする。



まぁどうか知りませんけどね!

とにかく私は

アルテミスのボトルからは強い自己愛と自我と無邪気な子供のような純粋な遊び心を感じ

風の中のキャンドルからは、暴風ふきあれる世間にあっても負けず輝き続ける愛の炎の弱さと美しさを感じ

その2本を経て現れるキリストは、自分を愛しながらも誰かのために活動できる人間になれることを示しているのではないかなと思います。
マグマのようなエネルギーである下層レッドによって元気に活動しながらも、
エゴに染まらず上層クリアーでいられるように己のことをまず大事に守りなさい。と言っているように思うのです。

それが頭は天国に、足は地面に、間は自由に流れている。という悟りの境地への扉なのではないかと。



頭は天に足は地に、というボトルはペンタクルのキングのカードに当てられています。

ペンタクルはカードのなかでも現実に強い意味を持ったカード。

その王の持つ能力は、足はしっり現実にありながら、頭は天の導きを信じてエゴに苦しまず、間は自由に流れて楽しい。そういう姿が現実世界を生き抜く最高の姿なんじゃないかなと私は思いますので、これが一枚目に出るようになったというのはとても嬉しいです。私の理想とする生き方でもあります。

そして

いよいよ私も隠居をやめて現実世界を生きていける時代がきたかぁーーと思えますね!よかった!隠居するには早すぎる年齢だぜ!というか生涯現役でいたいんだぜ(o^O^o)



さーーがんばるぞーー

の前に、のんびりするぞーー!

もう、無理してぶっ壊れるのはごめんだからな!



みなさんもご無理はなさらず、休みも楽しんでくださいなー♪
一年前くらい、かくかくしかじかのきっつい恋愛をしてしまいました。
終わってからは半年くらいでしょうか。時のたつのは早いものですね。
もはや思い入れも元彼への思いもないのですが
憎しみや痛みだけが手放せず、いまだ思い出すたびに号泣していました。



さっき、苦痛がピタッと止まるというマカ不思議なことが発生。
昔に聞いたカルマの法則のことが、ちらっと頭をよぎったときです。

あれ、もしかして私、前世とかで奴みたいなことしたんか?


これはかつて誰かを苦しめたことへの報復なのだ。と思ったとたん
ピタッと悲しみが消えました。

なら仕方ない。

と思ったんです。めちゃくちゃ苦しかったけど、罰なんだから当たり前だし、それで苦しめた女性へのつぐないになるなら安いもんだ。と思ったのです。
もう元カレへの憎しみもねぇわ。ハハハ
というか元カレは意識のなかでは、かやの外だよ(笑)

まじか…

すっごいしっくりというのも、なんか違う、あれだ
枯れた井戸に水が戻ったみたいな。そんな一致っぷりです。これがあるべき姿、みたいな?
なんかこう、もう、ね、絶対にイエスだ、という感覚です。わかりますか。

ああ、まじか…
私とんでもねぇくず野郎だったんだなΣ( ̄ロ ̄lll)お恥ずかしい

衝撃の事実。
あああ、すっごい反省の気持ちが出てきた、まじか(笑)

とはいえ私は本人じゃないんで、とばっちりも甚だしいですが、も、もう終わりだよね…カルマ?

かつての被害者って元カレなんだろうか?
それは、あまり一致しないかなぁ。てことは奴は新しいカルマを…(゚A゚;)✧.。.:*

とにもかくにも
いやぁ、すっきりしたなぁ。
カルマを思い出した瞬間が許されたタイミングなんかなぁ?てかやったの私じゃねぇんだがな。仕方がない。つぐなえるのは私しかいないんだし。
くそ野郎だった私の前世が、あいつみたいだとしたら反省するのはかなり難しそうだ…不愉快な。
やっぱ私身代わりでいいです。きっかり余すとこなく罰受けます。
という気持ちがある…( ̄▽ ̄;)

カルマの法則を検索すると、んじゃあ不遇をかこっている人は前世のあれなのかよ!とお怒りの感想が多いのですが

今、私はその人たちに答えを言えると思います。

過去のつぐないだとしたら、そうだと思った瞬間に納得いくよ。心が。
そうじゃないなら、それは別の理由だ。安心しろ。

苦しみを経験しようっていう意欲的な魂なのかもしれないし
苦しみからの脱却というかっけー人生を夢見て生まれてきたのかもしれない。知らねぇけど。

人間ですら個性あるんだから、魂だってそういうのは一人一人違うし、カルマの法則はもっとちみちみしたもんじゃないかなぁ。
人生の中のおまけ要素として、罪つぐなってこいよーとカルマイベントがあるだけで
人生すべてかかるような問題はカルマとはちょっと違うんじゃないかな。まぁ可能性がある以上、ありえるのだけど。

カルマの法則という可能性もある
自分が選んだ試練という可能性もある
たまたまそこに恩人がいるからその人に恩返しするために生まれたーなんて人もいるかもしれない。
一人一人の思考が違うだけ、生まれた理由は無限にあると思うんだよね。

インドとかに生まれる人が多いのは、そこで経験することが魅力的だからかもしれないね。

戦後日本のベビーブームも、戦後というイベントを経験したい魂がいっぱいいたのかもしれない。

少子化は、日本に魅力がないのかもしれないし
逆に成長した社会は長生きだから、魂たちが自主規制しているのかもしれない。

まぁ理由なんか知らん。
死んでからあの世でみんなにインタビューでもすればいいじゃん。
知らんもんを、なんで決めつけようとするのか。
数多の可能性のあるものをなんでひとつにしようとするのか。
そこが問題であって、カルマの法則が問題じゃないと思います。はい。

横道が長くなってしまった。

まぁとにかく
私は前世の罪をつぐなうために苦しんだんだ。と思ったらふにおちました。

でも、別れたばかりの頃は、そういうことを思ってもふに落ちませんでした。
かもなぁとは思うけど、涙は止まらなかった。

思い出して泣き続けるくらい苦しむのがカルマであって
現在進行中のカルマについては、罪の完済がくるまでしっくりすることはないのかもしれませんね。

私は、ふっと思い出して納得したので
カルマの法則というのは、知っておく、ことが大事なのであり
これはカルマが報いたんだ、とガンバって納得しようとするのは違うと思います。

気づくときが来れば気づく。

だからまぁ、気にしなくていいと思うわ。
うまくまとまらず。無念なり。
アルテミスのーボトルが~いまだに見つからない((T_T))
銭湯へ行ってからずっと行方不明(なくしたとが思えないんだが(╥﹏╥))ですが、ああこれはアルテミスの学びだ。
と強く感じる変化をしたのでメモ。今にも昔を忘れそうだw

なんだっけ……。

えーっと、アルテミス、の前に風の中のキャンドルを使ってて
そうそう!思い出したw

かっこいい女性になれてきたと感じて、アルテミスのエネルギーを感じたのです。

かっこよくなれたというのは
自己愛を気にかけて、自分は価値ある存在だ!と自分に勇気を呼び覚まし
他者にひどい扱いをうけたら
あんだとこら(`Δ´)
とはねのけられるような、強い心を得る道にすすむことができたように感じることをいってます。

アルテミス(四本目だったボトル)の前に使っていたのは(三本目だったボトル)風の中のキャンドルで
過去記事を見ていただくとわかりますが
ずたっっっっっぼろに傷つく経験をした時期でした。お恥ずかしいので読まなくていいよw
(私が使ったタイミングがそうだったのであって、風の中のキャンドルだから傷つく経験をするというわけではありませんよー!……たぶん。他のかたの経験談を読まれるとよいかと)

風の中のキャンドルの経験では、まさに風の中で今にも消えそうに、いや消されそうになりながら
傷つき、苦しみ、それでも諦めずに自分の心の炎という名の希望を持ち続けていたら
逆説的に自分はどういう世界を望むのか、が明確になりました。

私は、誰かと生きたい。
でも、私に気を使ってくれない友人だとか、依存性があって現実がおろそかになるうえにマナーの悪い人が多いうえにハマるとマナーを破って弱い人いじめ遊びしはじめることに抵抗がなくなってしまう人がいるネトゲとかは願い下げ。
自分を大事にしてくれる友人やパートナーと、ちゃんと心の交流をしていきたい。
それを実行するために

さみしい、一人はださい、必要とされない人なんだ、とかとかの
ネガティブ思考をなぐさめ、
いいえ、私はこんな魅力があるじゃない。
あんなことできるなんてすごいよ。
あーなんて素晴らしいの!
いいのいいの、できなくたっていいの。大好きよ!愛してる!
と親が子を愛するように、友人を励ますように、恋人に愛をささやくように
自分を誉めて認めて愛して激励していたら、
道が見えてきたんです。

私はそうはいっても完璧に自信満々にはなれていません。
でも自信がついたことで、感覚が目覚めたことで
生きてるだけで幸せだ。と感じたり、なーんもしてなくても幸せだなーって感じたりできるようになってきて

あー、こうやっていけば、他人の目なんか気にならないで、罵倒されたらリフレク返し(ノーダメージではじき返すこと)ができるような
強い心を手に入れることができるんだなぁ。と、はっきり道のさきが見えるようになったのです。
イメージとしては、いつも通っている道のことを思い浮かべると、今は見えていないけど景色を想像で見ることができる。というのににています。

この確かな感覚
強くかっこよくきりっとした女性はこういう感覚で生きているんだろうという感覚が
あー、アルテミスだ!
と思ったのです。ボトルは行方不明だが!

正直私は、キャリアウーマンみたいな人が苦手です。
きりっとしててかっこいいけど、ぴりぴりしてて、ああはなりたくないなぁと思ってた。
それが私の最後の心理的ブロックでした。

アルテミスのような女性になるっていうのは、キャリアウーマンみたいな怖い冷たい女の人になるってことなのかな……と、かっこよくなることに抵抗があったんです。

でも、違うんですよね。
きりっとした女性は確かに怖い。かっこいいけど怖い。
けどぴりぴりしてるのは、アルテミスとは違うし、怖いのはかっこいいからじゃなくて、優しさが見えないから。
それもやっぱりアルテミスではない。

かっこい女性というイメージが間違っていたんです。

たとえば
きりっとしたかっこいい女性を嫌がる男性に嫌われるの嫌だとか思ってたけど、そういう人は、か弱い女性が好きなんじゃなく
自分が強いと錯覚できる、自分より下だと見下せる女性が好きな人なんじゃないかなと気づきました。実際に、元カレは私を見下したがっているところがあったし
私をおしとやかで理想的だってナンパしてきた人も(私は和風なだけで、おしとやかではないがな)私の話から新しい知識を仕入れることはなく自分の知っていることで解釈するから話が通じなかった。
たとえば
「これはα(アルファ)っていうんですよ」
「ああ、a(エー)ですか」
「いや、アルファ」
「うん。a(エー)って⭕⭕ですよね」
「……ソーデスネ」
って感じ。
か弱い女性を守りたいんじゃなく、か弱い女性を守ったつもりになって自分はその子より上の存在だとおもいたい人たちだったんだと思います。

本当の意味でか弱い女性を愛する男性というのは
その女性への尊敬の気持ちを持っていると思う。
昔テレビで、重病の奥さんを世話する旦那さんたちを特集していましたが。共通していたのは
いや、救われているのは自分の方です。
とかの言葉です。
助けてやっている、なんて考えは微塵もなかった。きっと奥さんをか弱いなんて思ってないと思う。強くてかっこいいと思ってるんじゃないかな。
奥さんを本当に敬愛しているんだなというのが伝わってきました。

そんなこんなで
いままで理屈では理解していましたが、強い女性にだって弱いところがある。ということの本当の意味が分かったように思います。

それって、強い女性の中に弱いところがある。じゃなくって
弱い女性に強いところがある。なんですね。
まだうまく言えてないな。

強い女性と、か弱い女性というのは別種の存在じゃなくて同じ。ひとつなんですよ。

私は弱い女性から強い女性になるんじゃなく
弱さを愛することで強さもある女性になるんです。

病気だとかで弱さが目立っている人と、強く言う場面を切り取られて強さが目立っている人がいるだけで
どちらの人も弱さも強さも、きっと同じくらい持っているんですよ。

もちろん、強いふりをしている人は強さばかりをさらけ出しているだろうし
傷ついて落ち込んでいる人は弱さばかりさらけ出しているだろうから
強いだけとか、弱いだけだと本人ですら思っている人は多いでしょうが
本来は、同じくらい強さも弱さも持っているんですよ。きっと。

私はか弱い部分を捨てて強くなるんじゃなくて
か弱い部分を愛しつつみこむことで、強くなるんです。
それがアルファ、じゃないw(予測変換1位がアルファだったw)
それがアルテミス

風の中のキャンドルが上下逆転することで現れるアルテミス。

風の中のキャンドルは、自分の心を守っていない状態で
上層のピンクはさらけだされた心であり、価値基準が外にある状態で
下層の赤は、内よりも大事にしている外の価値基準によって抑え込まれた本当の気持ちやエネルギーがマグマだまりのようにくすぶっている状態を表してるのかな。と思った。

そしてアルテミスは心の中心を外ではなく内にもってきて、自分で抱いて愛しなぐさめ守ることで
外からの抑圧を無効化し、風の中のキャンドルだと抑え込まれていたエネルギーが表へ現れている状態を表してるのかなと思いました。

ピンクというのは赤に光が入ってエネルギーが強くなった色とされています。赤とピンクで構成されるこの二つのボトルでは、ピンクの方に心の重心が置かれている。と解釈することもできるんじゃないでしょうか。

たとえば
外と内、他人と自分、常識と本心、の

外、他人、常識に価値基準をおいていることにより心が傷ついてしまったり、心を無視してしまっている状態が、上層がピンクの風の中のキャンドルで

内、自分、本心に価値基準をおいていることで、他人からの罵倒さえどこ吹く風で笑っていられる強さを持った状態が下層ピンクのアルテミスのボトルなんじゃないかなと思いました。

ボトルの意味は様々あるので、もっといろいろあるでしょうけれど、今回の私はそういうボトルとしてこのボトルたちを学びました。

例にだしたナンパさんの会話をみたら、皆さんはこいつはダメだ(笑)と思ったかもしれませんが
実は私はそう思えませんでした。

相手に話を合わせることに、慣れすぎていたんです。
自分の話なんか置いといて、相手が楽しめるようにすることが当たり前で、ひどいことだと思っていませんでした。
過去の経験によるものですが
私は話を聞いてもらう価値すらない。まともに相手をしてもらう価値などない。相手にあわせて会話を盛り上げ、相手をいい気持ちにさせることこそコミュニケーションだ!
と思っていました。

まぁちょっとした他人にはそれでいいですけど、友人以上となるとありえないよねそんなの。
ですが、気づいてしまいました。
風の中のキャンドルのころ、元カレにさんざん傷つけられたことで私には余裕がありませんでした。
そんなときにこそ友人になぐさめてもらいたかったし、元カレのことで悩んでいたときには相談にのってほしかったけど

相手に話をあわせて会話をコントロールするコミュニケーションをしてきていた私には
私の話をきいてくれる友人がいませんでした。いても私以上にネガティブ発言で私を落ち込ませようとする人と、家庭の問題で忙しくて暇がない人くらい。

一番頼りにしていた友人が、まさかの
「つらいんだろうけど、そんな話聞きたくない」発言。
そして共通の話題でわきあいあいと笑いあうことを求められたよ。涙でいっぱいのときにさ。

私はこの程度の友人しかもっていなかったこと、それに気づかなかったことに愕然と気づきました。

元カレのおかげで、私は見る目がついた。
それによって今まで見えていなかった身の回りの汚さに、やっと、気づいた。
これは大きな成長です。
だから元カレには心底感謝もしてる。だいっ嫌いだけど(笑)

さんっざん傷つけられないがしろにされたことで、ないがしろにされたくない!という強い気持ちに気づいて、
自分の話を聞いてもらう価値などない、などの、自分に価値がないと思っていたことに目覚める経験がつづきました。
大きな、大きな変化です……。
すべてを失ったような状態でもあるので、エゴがちょっと怖がってるけど、
見えるものが変わったこれからの出会いがワクワク楽しみでもあるんです!

こうしてブログを書くことも、今までは
誰かの役に立つから
という言い訳をしながら自分の意見を書いていました。
私が書きたいから、というのは抑え込んで、誰かのため、と思わないと怖くてかけなくなってしまうんです。
自分の話を聞いてもらう価値などない、バカにされる、と思っていたから。

違うんですよね。
バカにされても

いいえ私にとってこれは真実です。私が書きたいから私のために書いたのであって、あなたのためじゃないんで気に入っていただけなくても当然ですね。あなたの嗜好は私にはわからないので書いてさしげることはできません。たまたま嗜好が同じだった人のお役に立てれば望外の喜びです。

とキッパリ堂々としていればいいんです。

一朝一夕には難しいけど、アルテミスの感覚に目覚めてから、1歩づつそんなかっこいい女性になる道を歩いています。

1歩づつ。
1歩だとしても、背を向けていた頃とは大違い。

風の中のキャンドルを使う前、元カレに傷つけられる前の私も、神の愛を感じて幸せいっぱーいってなってましたが
元カレにぼろっぼろにされたことからも分かるように
そこに強さはなかったんですね。
砂上の楼閣だったんですね……。幸せだったけど。

今は、自分の土台がまだ踏み堅めなくちゃいけない固さだということを自覚しました。
自覚したので、砂上の楼閣をぶっこわしに来る人まで、来るものは拒まずーとかみんな愛してるからおいでーとかの無防備な愛で招き入れるなんてことはせず、人を選ぶという意識が芽生えましたし、自分が今どの程度の強さの人間なのかも知覚できるようになったと思います。
そして、一度砂上の楼閣を壊されたことで、どういう人が壊す人か知りました。
おかげでちゃんと一緒に守り堅めてくれる人はどういう人か考え、見極められるようになりました。

身を守ることをするようになったのかも。
今までの私は犠牲精神たっぷりだった。無自覚だったが。
キリストのボトルを毎回毎回一番目に選んでいたのもそういうことなのかも。

そしてそして!
びっくり仰天!
ひさびさにオーラソーマボトルを選んだら、前回もそうだったけどキリストを二番目に選んだよ!!
二番目って「過去」のボトルだよ!(⊙△⊙)
課題のボトルでもあるが、今ならよぉーく課題になってる意味がわかるぜ。

そしてそしてー!
キリストのボトルが、今までは存在感つよすぎじゃーんってくらい強烈に惹かれてたんですが
印象が……弱かった(; ゚ ロ゚)
キリストのボトルがこんなに弱々しくというか、主張が弱く感じるなんて……!
こんなんはじめてだ。

いろいろあったときに、あなた次元上昇したよ、と言われたんですが、これがそういう現れなのかなぁ……。
キリスト……!
別れがちょっと寂しい.˚‧º·(´ฅωฅ`)‧º·˚.ありがとうよキリストのボトル
ちょー綺麗だったぜ。すっごい綺麗だったぜ。きらめいてたよ。透き通ってたよ。素晴らしかったよありがとう。

……ていうかボトルって、問題解決を助けるものなんだろうか?
問題を大きくするものなのか、
問題によるエネルギー消耗を補充してくれるものなのかなぁ。
問題を大きくってのは違う気がする。
ボトルを選ぶから現象が起きるんじゃなくて、げんしょうがあるから前もってボトルがサポーターとして選ばれるんじゃないかな?

強烈なエネルギー補充のボトルといわれるキリストのボトルをずぅっと選び続けていた私は
鬱で瀕死の精神状態からの復活中だしな。
キリストを飾ってなかったら、もちょっと回復に時間かかったのかな?
そう思っておこう(o^╰╯^o)♬

ありがとうキリスト。
そしてくそ長くなっちまったこの記事を読んでくれたかた、まじありがとう(笑)
お疲れさまです!\(^^)/
いや書くのも疲れた。
またねーヾ(´⊂_`*)
やっと、目が覚めました。

朝ですけど、眠りからって意味じゃないっすよ(笑)

傷心によるネガティブ心理から目が覚めました!よ!!
やほーい!

説明めんどいので省きますが、かくかくしかじかで

自分への態度はどうなっている?

と言われて、あーまだ自分のことを大事にしきれていない……と気づき
改めて自分を大事にするってことを調べたり、頼れる人に聞いたりしたら

いろいろ目が覚めました。

あー、自分の悪いところばっかり数えてて、良いところは数えようとしても数えられなくなってる。
という気づきにはじまり
あれやこれや気づいていって、元カレに出会う前にできていた

良いところを数える、できないことを責めない、自分を否定する言葉を自分の中から追い出す、自分を誉める。

などがどんどん出来るようになりました。
いやぁ、私ってめっちゃ素敵じゃん(笑)すごいじゃん(笑)
と思えるようになったよσ(*´∀`*)

思い返してみれば、元カレはちょうネガティブで、
本人にそのつもりはないですが私のすべてを否定するもんですから、私もどんどんネガティブになっちゃってまぁ
別れてもネガティブがうつったままだったんですね!傷心なのだと思ってたけど、いささか違ったようだ!

いやぁスッキリした。
ただいま自分!
おかえり自分!

はぁー
生き返ったぁ。

ネガティブってうつるね。
付き合う人は選ばないかんなぁ。シビアだけど重要なことなんですね。

元カレには嫌悪と軽蔑と怒りがありますが、いいことも言ってくれたり、学びのきっかけになったりしたので
深く、深く、感謝もしているのです。
だから気持ちの整理もむずかしかった。
別れても難しい人だ(笑)

まぁ、とにかく
私はこれからはしっかり自分をすばらしいものとして扱っていきます!

はぁー幸せだ。
なーんもなくても幸せだ。
生きてるって幸せ(*´∀`*)

みなさま、ポジティブを奪われてネガティブになっても
目が覚めれば一気に戻れるみたいですよー!
過去に積み上げてきたものはちゃんと残ってます。
ゼロからやり直しじゃないんですね!

ネガティブに吸い込まれてしまったときに元に戻るには、人それぞれにキーとなる部分があるのかもしれません。
私は
自分を大事にする、ということを真剣に自分のこととして考えることでした。
あまりに聞きなれすぎて、もうできているつもりでしたが出来てなかった!

できてるつもりだけど、できてるよね?
と人に聞きたくなることがキーかもしれません。私にとっての鍵は、自分を大事に扱うこと。

それにはっきり気づいた出来事でした。
いやはや、オラクルカードをひくと
気づいて!
というカードがよく出てたんですが、これか(笑)
確かに自分を大事にーとかいうカードがでても、またか、ってちゃんと読んだりしてなかった(*>∀<*)
オラクルカードからメッセージくれていたものには歯がゆい思いをさせましたね。
けどちょっと面白い体験でした!
ありがとうよなにかー。