うげげ、ブログに広告出るようになっちゃった。
タブレットのみでしょうか。pcでの画面はスッキリしていることを願うばかり。

さて本題

フラワーエッセンスすげー!
と今日まざまざと実感したので、そのことを書かせていただきます。

きっかけは質問サイトで回答したことです。
わたし今うつ病末期なのですが、末期であるのでほとんど元気なつもりでうつについての質問に回答しました。

質問主のかたはいいかたで、一つ一つの回答にお礼を書いてくださっていて
私にも丁寧なお礼をくださったのですが
思いの外、わたしが昔のことを忘れていて、説明足らんかった!と相手の反応を見て気づきました。
どうしようかなーまた回答してフォローしようかなーとか思っていたら
他のかたがベストアンサーで締め切られていました。
ベストアンサーはまさに今の質問主さんの状態に必要な言葉で、なるほど納得いくベストだったのですが

問題は私が意外と大きなショックを受けていることです。

自分の言葉が足りていたらベストだっただろうか
足りない言葉のせいでさらに追い詰めてしまっていないか
つーか選ばれなかった認められなかったショックがすさまじい!
ベストアンサーはショックうけるほどそんな大層なもんじゃないのに
いやでも、ああでも
おおおおお

という、さすがうつ病。見事なまでのうじうじっぷり。
最近そうならなかったので忘れていましたが、うつってこんなんだった。

自信がない、自分を自分で支えられない、自己肯定感が足りない、と思いまして
よさげなアファメーションを言ってみました。

私は価値ある人間です
私は認められる価値があります
愛し愛されています
失敗は成功の途上であって結末ではありません

最後のやつでホッと落ち着きはしましたが
まだ心の底がぐるぐるうなっていました。

やっべーこれどういう状態よ
というとき、私はフラワーエッセンスで調べるようにしています。
実はこんなのを作っちゃってました。
 リンク
是非ご活用ください。(^^)v

神経衰弱みたいに伏せたカードを選ぶという選び方なのですが
今のぐずぐずしてるこれどういう状態よ?
とぐずぐず感じながら選んだら
オークが出ました。
オークは昔に専門のかたが選んでくれたときにもあり、自分でひと瓶買っておいたものでした。
オークをまぜたミキシングボトルがあったので、それを水に混ぜて飲んでみたら
あらびっくり

胸にあったぐずぐずなマイナス思考がふわりと消えているではありませんか。
もう一口飲んだら、なんか頭がふわぁってなって固さがとれた感じに。

気づいたらもう質問のことなんかどうでもよくなっていました。
ただ、質問主さんが楽になれるよう願う、慈愛の気持ちがあるばかり。

フラワーエッセンスすげー!

とひさびさに思いました。
最近ずっと飲み続けていたので、フラワーエッセンスの影響が普通になって、フラワーエッセンスの功績を強く理解できなくなっていましたが

いやすごい。

こんなに私を支えてくれていたんだなー
ありがとう。
と思うと同時に、まだまだうつ病中なんだなぁとも思いました。

フラワーエッセンスのエネルギーが自分のエネルギーとしてなじんだら、飲まなくてもよくなるんだと思います。
私も今まで飲み終わったエッセンスがたくさんありますし。

ただ今日はエッセンスを入れた水が空だったので、朝から飲まずにいました。
それでネガティブがぶり返したということは、まだまだ馴染んでいないということでもあり
つらくはありましたが
まだまだ改善途上なのだということや、フラワーエッセンスにどんだけ助けられているのか、
よぅく分かりました。怪我の功名でした。

フラワーエッセンスすげー!
というだけの記事ですが、すげーので書いておきます。
あと作ったサイトもよろしくね。

フラワーエッセンスさまさま
本当にいろんなものに助けられています
エッセンスの産みの親たるバッチ博士にも
エッセンスを今なお昔と同じに作り続けている会社さんにも
エッセンスを輸入してくださっている会社さんにも
エッセンスを買うお金を得られる状況にも
すぐに飲める現状にも
なによりエッセンスの元となる草花の存在に
支えられ、助けられ、やっと笑っていられているんだと思うと
感謝の念がとめどなく生まれてきます。

うつにならなかったら、こんな感覚にはなれませんでした。

自分一人で生きているつもりになっていたから。

でもなにもできなくなってみて、いろんなものに支えられているのをひしひしと感じるようになりました。
自分はなにもしていないことによる罪悪感は、感謝の念にとって変わられました。
なにかをしなければならない、という固定観念が
なにもしなくても生かされる、ありがたい、自分もできる範囲で皆の力になりたい、という観念に変わってきたのです。

自分はなにもできないと、うちのめされて諦めて、受け入れて、誰かの助けを感謝をもって受け入れられるようになると
うつは改善の道をすすみ始めるのだと思います。

かといって余裕ぶっこくとこういうことになるんだということもよぅわかりました。
学びの多い生活です。
でもそろそろ治りたいぜうつ病よ。遅くても受け入れるけどサー

フラワーエッセンスさまさま
おかげさまでうつ病がそれなりに楽しいです。
ありがとう。

なんか色々考えすぎるーってひとは、是非フラワーエッセンスの使用をおすすめします。
選び間違えることもあるので、一回や二回の効果無しは気にしない方針で。


まえがきーーーーーーー
現在オーラソーマは大天使メタトロンを使用中。
自分の心の闇にスポットライトを当てるというよりも、今まで気づいていなかったことに気づくとか
世間の汚いところを直視したり思い出し、がっかりしつつも、そうかと受け止めるようなことが多いです。
闇の情報を聞いても闇に染まらず、光の心で認知する。といったイメージ。詳しくは使い終わってから記事を書きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーまえがきおわり
さぁ本題

うちの父はモラハラでした。
期待を込めて、でしたと書きます。
人のことを誉めることができませんでした。人をけなして笑いをとろうとしました。クイズヘキサゴンが好きでした。

誉めるのは意思の力のいることなので、難しいのはわかりますが、迷惑きわまりなかったです。

よくわたしと喧嘩しますが、最近全力で喧嘩して以降おとなしいです。そのことを踏まえた上でのフラワーエッセンス体験レビューとなります。

ココナラという、趣味で仕事を始めてみようというサイトがあり、そちらでエッセンスを選んでくれるかたに頼みました。

父の症状と、私の症状と聞いていただいて
父にはバーベイン
父を許せないでいた私には、ウォルナットがいいんじゃないかと教えていただき、買って使ってみました。

バーベイン
「自分は正しいと信じ,周りの人も自分の考えに染めたいあまりに自分の考えを押し付けてしまう」という状態にはたらきます。
とのことです。

使ってみて
効果は、あると言えると思います。

予約中の炊飯器に垂らしておく、というのをやっていましたが、いつもならとっくにモラハラ再開しやがる父がいまだに大人しく、また少しおおらかで優しい声を出すようになりました。
(本当はフラワーエッセンスは回数が大事なものなのですが、エッセンスがんばってくれました)

かつては、えー…
あんまり思い出したくないので省略するとして
このモラハラ野郎が(`Δ´)と殺意を覚える感じの奴でしたので、まずは第一歩踏み出した、という感じ。

ときおりモラハラ発言がありますが、自分が使っていたウォルナットのおかげで、なんか言った?くらいにおおむねスルーできました。

しかし新しく私が自分にあいそうなフラワーエッセンスを買って
家族にもあいそうなものをバーベインとまぜてミキシングボトルにしたものを使うようになってから、風向きがまずくなりました。

これからまたバーベイン原液だけを炊飯器に垂らしまぜるようにしてみて、その後の経過をここに追記します。

とりあえず
バーベインはモラハラにいいかもしれません。
他のモラハラに苦しんでいる方、もしバーベインをご利用の際はここのコメントに書き込みいただけますと嬉しいです。これから誰かの役に立つのではと思います。できればよろしくお願いします。

また、相談の際に

ビーチ(他人のあら探しばかりする)
ヴァイン(他人を支配したがる)


もいいかもと悩んだけれど、眠りが浅い、という父の症状からバーベインがいいのではと判断なされたそうです。ご参考ください。

お試しの際にはそれぞれお調べの上、あいそうなのをご利用ください。

ちなみに我が家では、ビーチは使ったことあったのです。
効果は感じられませんでした。

父の場合、コミュニケーション能力が低いために苦肉の策で身につけたいつものネタが、けなすことのような感じです。
そのくせ本気でイライラしはじめるんだから迷惑なやっちゃな。

また男性は心を開くほどにけなしネタが増える傾向があるらしく、優しくあろうという意思がある男性以外、よくある問題点でしょうね…。女性のオチがない話みたいな癖でしょう。
だからって人を傷つけないネタに限るくらいの配慮してほしいなぁ。
よく鬼嫁ネタってありますが、それも同じ理由からっぽいですしね。
まったく、もう
コミュニケーション能力鍛えろコラー!

怒ってるうち本題忘れちゃった。
えーっとなんだっけ、うちの父はこんな奴でバーベインが効いてる気がします、という情報開示でした。参考にしてください。

はい、話変わってウォルナットです。

もっと他人なんか気にしないで、マイペースに幸せを謳歌したいぜ。
という心に効くのがウォルナットです。

他人から影響を受けすぎないようになるというエッセンス。

使ってみての実感は
他人との間に一枚のバリアーがはられて守られる、という感じです。

うっすらとしていて危なっかしいですが、それでも、
非難の言葉がまるで耳に入らなかったように、心にとどかなくなってきました。

イクラの卵の膜ほどではなく
明太子の薄皮くらいの膜という感じで

危なげですが、なかった頃とは段違い。

嫌な言葉を聞いても心理的に距離をおける感覚が分かってきます。

モラハラに苦しんでいる方にはいいエッセンスだと思います。
お試しあれ。

あと父用だったバーベインも自分に効きました。どういう感じか、うまく言えないのですが。

父のモラハラに傷ついたり怒ったり、というのは、相手がひどい、自分は悪くない、という認識で、だからこそ理不尽に思えるんですよね。実際理不尽だけど。
しかし、そんなん気にしなーい、という状態になるには善悪の区別はしないというバーベイン意識が必要なのかもしれません。

モラハラの関係にはまりやすい人は、加害者被害者ともに、もしかしたらバーベインの能力に課題があるのかもしれませんね。よそさまの内情は知りませんので、うちだけかも分かりませんが。
私も自戒を込めて、バーベインもっと使おう。悔しいけれど。

使わないでいたこの数日は、ウォルナット効果も薄くなってるんです。
何を買おうか悩んだら、とりあえずバーベインがいいかと。効かなかったらごめんね。
(フラワーエッセンスは選び間違えるとマジでなにも影響しない。それで逆に、フラワーエッセンスはプラシーボ効果じゃないんだと分かるし、正解を選んだときは、よっしゃ! と思う。
効かないという経験も面白いです。失敗してもいいやの精神でいきましょう)

それではまた、のちほど追記します。

ーーーー追記ーーーー

バーベイン効きました。
まるごと善人になるとかそういうんじゃなく、口が悪いのとかは出ますが
超不機嫌にならないのです。
うちの父にはという前置きがつきますが、うちの父のモラハラにはバーベインが効果的でした。
いつ不機嫌になるかと、私はビクビクしていますが、緊張のとける機会も増えていきそうです。
怯えが癖になっているので実感は薄いですが、客観的に見て父は改善しました。
あとは私の問題ですね。

皆さまの幸運もお祈りいたしております。
不思議なことがあるものです。
大天使ハニエルを使ってから、オーラソーマとすこし縁が離れました。

代わりに助けていただいたのは、フラワーエッセンス。
知らない方は調べてね。

オーラソーマにも植物は使われているので、なにやら裏で(天で)手を組んでいる気配がしますな。
今もまだフラワーエッセンスに心が向いています。
だって使用感がやさしいんだもの。
アズラエルとかセラピスベイみたいに強烈じゃないんだもの。癒されるわ。

B103 大天使ハニエル
$使ったオーラソーマ-ハニエル
私には、とっても分かりにくいボトルでした。
使用中、使用後の感想は「え…?……え?」です。
これの前に使っていたのが大天使アズラエルで、アズラエルの体験が強烈すぎたのもあるかもしれませんが、そうでなくても印象が弱すぎる。選び間違ったかと思いました。そうではないと、時間がたった今、やっと分かってこうして記事にできるようになりました。

ピースボトルと呼ばれているのが、色々な意味で納得です。
まだまだ分かっていないことがあるはずだ、と思うあたりも「神の恩寵の栄光」という果てしない意味を持ったボトルなだけあります。

大きな強烈な変化はありませんでしたが
塗ったとたんに体の不調がすっと静まるのは、私の経験ではこのボトルが一番の効果でした。

頭痛がしたらこれ
腰痛がしてもこれ
とりあえずつらくなったらこれ

ポケットレスキューでほしいわ、と思うくらいに癒されました。
ただ心的な変化とかはなーんにもなかったので
え?
となったのです。

しかし忘れたころになって気づきました、ハニエルの功績に。
そして気づいていないうちにありました、ハニエルの功績。

気づいていなかったのは、先に紹介しましたフラワーエッセンスへの目覚めが顕著なように思います。
他にもなにか気づいた気がしますが思い出せない。なんだったかなぁ……?

とりあえず、フラワーエッセンスに目覚めたことで私は「平和」を実感できるようになったのです。
力を抜いて生きること、自然な自分であること。それがフラワーエッセンスを使ったことで分かったのです。
それも今までのオーラソーマでも経験してきた「嫌なことから学ぶ」という私の人生のくせのようなものと違って

「平和の感覚を経験することで目覚める」というような学び方なのです。

これは本当にもうありがたかった。
これ以上ハードな人生は嫌なんですよ、と思っていたので助かりました。こういう学び方があるなんて。

その目覚めが「ハニエル」を使ったあとだったので、もしかしたらハニエルの功績なんじゃないかなぁって思ったんですけどどうなんでしょうね。分かりませんね。ハニエルさんたら自己主張がぜんぜん無いんですもの。
ただ私はそうじゃないかなと感じていますよっていうことです、はい。

そして忘れたころになって気づいたことは
ブルーについてです。

私は実は、グリーンという色がよく分からないということに以前気づきました。
色として好きだけれど、その色が含む心情といいますか感覚というものがさっぱり私の中に想起されないのです。

レッドならエネルギッシュなものを感じます。
イエローなら元気で少し白黒はっきりした感じのものを感じます。
オレンジなら、なんかあたたかいものを。
ブルーは、冷静で落ち着いている、安心している感じでしょうか。
他は省略。

ではグリーンは?
言わずと知れた自然の色ですね。それは分かりますが、そこから何を感じるのか。
安心でしょうか、落ち着くのでしょうか、自然を思い出すのでしょうか。そのどれも、なんか私にとっての真実からはずれているように思いました。

この問題で、ついでと書いていた「B47 古い魂」のボトルにつながってきます。
このボトルは上層ロイヤルブルー、下層レモン、混ぜるとグリーンになるボトルです。
使ったオーラソーマ-古い魂シンプル
古い魂のボトルは、下層のレモンに惹かれて購入していました。
下層は綺麗だけど、上層のロイヤルブルーはなんか暗くて重くて色が見えなくて、邪魔だな。と思っていたのですが
ハニエルを使ってから、このロイヤルブルーが「綺麗だ」と思えるようになったのです。

かつての私の目は節穴だったのか!? というくらいに、そこにロイヤルブルーという色が見て感じられました。

前見たときは、真っ暗のような、というより黒いもやに隠され、見ようとしても見えないというような見えなさだったものがはっきりと見えるのです。
もやが取り払われ、視界がすっきりクリアになったみたいに、そこにあるブルーが見える。

きれーだなーと思いましたが、まだ使おうとは思わなかった。

私はB55キリストのボトルもつかいかけで持っていて、たぶん今の私のソウルボトルというやつだと思われるものですが、これを使いたいと思ったのです。
使ったオーラソーマ-キリスト
下層の赤はグリーンの反対色であり補色。
グリーンは赤のなかに関わりがあるとかなんとかセラピストさんに言われました。
色彩学を学んでいたときは、一色をじぃーと見つめていると、そこから目を離したときには、反対色が視覚に残るという、残像現象を学びました。
一度やってみると面白いですよ。
色紙でもなんでもできるはずです。

あ、キリストの前にオベロンの残りがあったので、これも使いました。とくに変化は分かりませんでしたが。どういう意味があったんだろうなぁ、リラックス効果? はじめて使ったボトルだから?
残りもののボトルを使おうと思う時期だったんでしょうか。ピースレスキューというのは、残されてさみしいボトルを助けるという意味もあったりして。
使ったオーラソーマ-オベロン
あー、最初に抱えていた問題が全部クリアされたよ、という意味を思い付きました!
納得。そんな感覚があります!
そうか、成長したもんな。なんとも感慨深いです。
おめでとう私!よくやったな!うむ、誉めてつかわそう。ラブラブ

さてさてキリストに話を戻しましょう。
キリストを使って、これまた強烈な変化はありませんでした。
下層レッドなので腰にいいエネルギーが入って腰痛はすこし楽になりましたが。これよりハニエルのが腰にも効くんだなぁと気づいたくらい。

ただ私のなにかが変わったのでしょう。
グリーンの補色であるレッドを強めたクリアーレッドの配色を持つキリストによって、グリーンが刺激されたのかもしれませんね。
今度こそ使い切るかと思ったキリストを使い切る前に、私はキリストを求めなくなっていき
手が伸びたのが混ぜるとグリーン(というか青緑だけど)になる「古い魂」でした。

それは歩き疲れてぐったりしていた時でした。
そんなに歩いたつもりはなかったんですけどね。

なにかボトルを……と使ってみた古い魂。
ブルーとレモンなので、イエローからブルーにかけての領域に塗れる、と塗った場所は、すべて
もう無理、というところまで酷使されて痛かった部位でした。
そして塗ると体にエネルギーが満ちるのを感じました。そして、痛みよりもあたたかさが身体を占めていく。

このとき使っていたのが先に紹介しました「力を抜いて生きる」のフラワーエッセンス。
このエッセンスを使っていて感じていたのは、本当にただ力を抜くことでした。
あれが気になる! となっていたのが、まーどーでもいいやー、となる。
どうしよ! となっていたのが、まーどーでもいーやー、となる。
そうしてすべて手放したときの安らぎの深さは、経験したことのない穏やかさでした。

ああ、これがグリーンだ。と思いました。

この全身に広がるあたたかさ。力を抜いて、すべてを手放して安心すること。
それは植物のように、花のように、他を信じてたたずむおだやかな感覚です。グリーンの象意では、調和という言葉がしっくりきます。

古い魂を使ったことにどれほどの意味があったのか、私には分かりかねますが、ただ分かったのは、すべてつながっているということです。

かつて買った古い魂、ハニエル、そしてフラワーエッセンス。

古い魂のブルーが好きでなかった
  ↓
ハニエルでブルーに目覚めた
  ↓
フラワーエッセンスで力を抜くことを経験し
  ↓
力を抜くことで開く、グリーンの調和を知る

これは、グリーンのプロセスだったんじゃないでしょうか。

これで、ボトルは一個だけで人のすべてを解決しようと働きかけるのではなくて、チームになって働きかけることもある、という見方をはっきりと見た気がします。

他の方がどのようにボトルと関わっているか分かりませんが
意味がよく分からない、というボトルに出会ったときは、それは自分に働きかけている複数のものの一部なのかもしれない、と思ってみたら面白いかもしれませんね。
とりあえず覚え書き。使い終わったボトルは写真が取れないので、お絵かきアプリに挑戦しました。

今つかっているボトル
b103 大天使ハニエル
$使ったオーラソーマ-ハニエル
これは使っている最中なのでなんも語れません。
言えることと言えば、のどと首と髪の生え際に着けてみたら、なんかものすっごくリラックスして、ほわーってなりました。
ピースレスキュー(平和のボトル)とも言われるこのボトル。そういうことなんだろか。

あと、私のボトルの上層は、オーパレセントペールブルーというより、ペールブルーです。到着した時からそうでした。
キラキラはいずこ!? と見ても私には見つかんなかった。
振ってみたら、上層ではなく下層のディープマゼンタにキラキラがたっくさん入りました。
もともとは下層はただのディープマゼンタだったので、最初からじゃないと思うんですが。
しかもキラキラさんはディープマゼンタのさらに下の底にたまっているし。
なんどふってもふっても、きらきらさんは下層にばっかりいて、オーパレセントディープマゼンタとちょっとオーパレセント?ペールブルーのボトルになっています。

なんなんだろうかこれは。私だけなのかな。
ハニエル使ったことのあるかた、ぜひともキラキラはどう存在していたかコメントしていただきたいです。よろしくお願いします。
あとどういう学びもあったか教えていただけると、キラキラのありかによって何が変わるのかも分かってきそうなのでお願いします。どうかよろしく!

ハニエルの前に使っていたボトル
b105 大天使アズラエル
$使ったオーラソーマ-アズラエル

激動の時代でした。
アズラエル。さすが今の時代を象徴するコーラルのボトル。
激動も激動、今の時代に起きているいざこざとか災害とかが、個人の領域で起きた感じです。
あ、でも誰かからなんかされたとかはなかったような。
あったのは使う前だったと思うのでノーカウントかなと。

使う前にやっていたことは、愛を実行することです。
一緒に暮らしている家族に、愛を感じられそうなことをしてあげるようにしていました。理由は忘れたけど、それでケンカがちな関係が暖かなものになったらいいなと思っていました。
実際それは効果てきめんで、一時的にですが関係良好になり
長期的にも前よりは穏やかになったのです。

さて、アズラエルを選んだ時、私はアズラエルのテーマにあるという自分の闇を受け入れる、というものを、自分の光を受け入れると解釈していました。
なぜなら、自分の闇はとっくに受け入れていて、光の方が不慣れだったからです。ありがとう、という言葉を家庭で最初につかったのが私である、という事実で少しはお察しいただけるでしょうか。
愛がない家庭だったわけではありません。
私がまともに生きているのは愛があったからでしょう、けど大人同士での愛の表現はなかったんです。子供にとってはいい家庭ですが、大人になると試練の家庭だったんでしょうなぁ。

でもね、違かったんです。両方だったんです。

光は、ボトルを使う前にスピリチュアル系から学び、感じていたからでしょうか
ボトルを使うと、まず闇を知りました。

自分の中にあったどす黒い感情。
心理学の先生で「あらゆる感情は光だ」という方がいるので、このどす黒いと思ってしまう感情も心理学的には光なんでしょうが、私にとっては闇そのものだった。
殺意とか、憎悪とか、そんなのです。

昔の私はそれを当たり前に受け入れていましたが、今の私は光の世界を知ったために、
アファーメーションとか、いいことを想像するのがいいのよ、みたいなことを意識しすぎて、この暗い感情を無意識に押し殺していたようなのです。

そのせいもあって、あらためてこの闇をしっかりくっきりはっきりと感じることとなりました。
きっかけは忘れましたが
あ、そうだ、お父さんが殺したいほど憎いって思ったんでした。いえ、この言葉だけ読むと相当ひどい親なのかとか親子関係を心配されると思いますが、そういうんじゃなく、愛情も感じてはいますが、嫌なところがいやすぎると。でもそれを認めないでいいところだけ感じようとかいろいろしてたのが、限界を突破して、ぷっつんとキレたのです。
心の中で殺意と憎悪にまみれまくったのです。

そうしたら、今度は逆に憎悪があるのが当たり前に思えてきて。
むしろ憎悪を感じないとか想像もできなくなりました。だってあたりまえじゃないか。迷惑かけられたら怒るでしょうよ。

そして自分の憎悪を心底認めたことによって、他人の憎悪の感情も笑って受け入れられるようになったのです。
今まで、日本の隣の国の「日本嫌い」とか「憎い」とかいう迷惑な言い分が、私はむかついてむかついて仕方なかったのですが
「分かるわその気持ち!」
と、どーでもよくなったんです。

そう、憎悪とかを心底感じて認めたことで、憎いという感情が友達になったんです。
憎いと言っている人が、嫌いとかいやとかじゃなくて「大変だねぇ」と見守る視点でいられるようになったんです。

なぜなら憎悪を心底感じたことで、それを感じていることがどれほどつらいか分かったからです。
そしてそれを感じるのは、迷惑かけられたなら当たり前なんだから、当たり前だと思えるようになったのです。

でも憎んでいることを主張することが必ずしも改善につながるわけではないとも分かっている。
分かっているから、相手が変わるのを見守る愛でいられるようになったんです。でも怒そのとなりで、嫌なことをまたされた時はプッツーンと怒って、それはしてはいけないことだ、と主張できるようにもなりました。

罪を憎んで人を憎まず、という言葉がよく思い浮かんだ時期でもあります。

光と闇の統合ってそういうことか、と思いました。

さらにまだまだいろいろあったんですが、もう忘れちゃった。
それでも今もまだ継続で気を付けていることは、自分を愛することです。

アズラエル、コーラルは愛のボトルともいえます。
その愛は外へ向かうのではなく、うちへ向かうこともあるのでしょう。
いえ、むしろそちらのほうが普通なのかもしれない。

内側の平和なくして真の平和なし。

このボトルの後に選んだのがピースレスキューだというのを今思い出しましたが、真の平和のための愛の学びと実践。そういうのが私にとってのアズラエルです。

―――――――

はじめて使ったボトル(選んだ4本のうち2本目だったもの)
b86 オベロン
$使ったオーラソーマ-オベロン
泣いてすっきりする、と呼んだ本に書いてありましたが、本当にそうでした。
ないてすっきり。そしてなぜか眠りやすくなりました。
体の硬直がゆるんで、すっと眠くなって、不眠症が一時的に改善しました。
なんか今また不眠症ですが、これは生活習慣の問題だから、ボトルが力不足とかじゃないです。
クリエイティブな能力に目覚めることを期待しつつ使ってもいたのですが、そういうのは私はありませんでした。
ただクリエイティブ能力というのはリラックスしている状態に発揮されるもの。
もっとも基礎の部分を整えてくれた、とも思えますね。

二回目に使ったボトル(3本目だったもの)
b69 鳴り響く鐘
$使ったオーラソーマ-鳴り響く鐘
思い出深いボトルです。
愛ってなに? となっていたとき、神の愛というか、小さきことの中の愛に気付かせてくれました。
小さきことの中の愛は次に選んだボトルですが、この鳴り響く鐘によって、がっちがちに塗り固められていた心を、ある日突然「ごぉおおーん」と打ち鳴らしたように
「ああ、世界は愛にあふれている」
と思えるようになれたんです。
それまで、頭で理解しようとがんばっていたのも一助にはなっているのでしょう。
でもどんなにがんばっても感じることはできなかった小さきことの中の愛。
この空気
この空
この家
この床
この鉛筆
このパソコン
この水
他にもいろいろとにかく身の回りに存在しているありとあらゆるものが、自分を愛して守ってくれているからこそ、私はこうして生きていられるのだ。
私がこうして生きていられるのは、そこに愛があるからだ。
と思ったような気がする。
さすがに詳細な内容は覚えていないんです。でもそういう些細なこと、目の前にあるひとつひとつがありがたくも愛しい存在に思えたのでした。
それがあまりに急激な変化だったので、次の神聖なる愛を使ったことで、この変化にうろたえる心をなだめられました。
ともあれ、鳴り響く鐘は私に足りないものをふんだんに含んでいたように思って、今すぐもう一本使いたい。とさえ思いました。
けど、はじめてのオーラソーマだったので順番通り3本目のボトルを使ってみました。

三回目に使ったボトル(4本目だったもの)
b67 神聖なる愛・小さきことの中の愛
$使ったオーラソーマ-神聖なる愛
私にとっては神聖なる愛を感じるためのボトルと言うよりも、神聖なる愛を感じたことでのびっくり衝撃を受け止められるようにしてくれた、クッション材のような存在です。
なので印象は弱いのですが、幸せな気持ちだったような気がするような気がします。
鳴り響く鐘ともども、もう一度使いたいな。

四回目に買ったボトル(1本目だったもの)まだ使い切れないで残っている。
b55 キリスト
使ったオーラソーマ-キリスト
なんどセッションしても一本目にはこのボトルを選びます。
なんかもうこのボトルに鼻でかカメラを向けたみたいに、このボトルの主張が強すぎて、まず見てしまうんです。
私は本やネットで4本選んでいたのですが、たまに違うのを選んだりもしても、結局またこれにもどってくるんです。
そういえば違うのを選んだ時のボトルは使い切れなかったりなんだりですね。

このボトルはまだ使い切っていません。
あと少し残った状態で、手を付けたくなくなりました。けちっているのもあるかもしれない。
ただ、なんとなく、このボトルはすべての私のアセンションがおわったとき、使い終わるような気がします。アセンションって今とっさに出てきました。そういうことなのか…。

キリストが私に示すメッセージをすべて学んだら使い切りたくなる気がします。
今までこのボトルを使ったからといってとくに何ということはありませんでした。これからもない気がします。
ただ一番、魂になじんでいる感じがします。
赤のボトルは夜に使うなといいますが、夜に使ってもノープロブレムでした。
疲れ切っているときは赤を使っても眠れるとか聞きましたが、そういうことなのか、はたまた私の魂にとっては水のようなあって当たり前のエネルギーのボトルなのかなと思います。
あって当たり前がないから、夜に使っても平気なのかなと。結局、つかれているという答えに結びついちゃった。


さて、そのあとに買ったのが何かは覚えていません。
古い魂だったような、エネジーレスキューだったような。
いろいろ買いましたが、使い切れなかったり、買ったはいいけれど眺めるだけで使いたいと思わないものがつづきました。
それらのボトルはまた後日。

そんなこんなののち、ひさしぶりに使い切ったボトル。
b54 セラピスベイ
$使ったオーラソーマ-セラピスベイ

アズラエルと並んでこわいボトル経験となりました。
アズラエルが自分の中の闇の感情を認めたりする経験であるのに対して

セラピスベイは、今まで我慢していたこと、無理していることにさえ気づいていなかったこと、つらかったこと、というようなとりとめのない心のわだかまりを解消したような記憶があります。

とは書きましたが、正直よく覚えていません。
ただ、もーいやん、ってなったのは覚えていて、それで怖かったなぁという感想になっています。

ただ怖いながらも、それでも当時の私はこれを使わないという選択は思いもしませんでした。
心理学やスピリチュアルや、いろんなものを経て、自分の中のそういった心のわだかまりを解消したい。という気持ちが強くあったため、セラピスベイでの気づきはむしろ望むところでさもありました。

気づいたらもう解消されてしまうので、すっかりぽんと忘れ去ってしまっているのですが、クリアー、というのが今となると感じられます。
セラピスベイには、過去に流されなかった涙を流す、というようなメッセージがあるようなのですが、わたしはどうやらその涙はオベロンで流していたようで、セラピスベイではわけもわからず号泣、というのはなかったように思います。
覚えていないから分からないんですが。
記憶までクリアー。
そんなセラピスベイ。なんかの折にまた使ってみたいとも思います。クリアーになるのちょっと楽しいというか、くせになるというか、とても大切なことのように感じます。


使い切れたボトルたちはこれで全部。
あとは追々書いていきます。
唐突に始めたブログですが、いつか誰かの役にたつ日がありますように。