2025年12月24日、JAXAが、三菱重工と共同開発開発している、ロケットの打ち上げに、また失敗した。
JAXAのまえの日本のロケットの歴史。
1糸川(いとかわ)ロケット。
日本人がはじめてつくったロケット。
1955年4月12日、長さ23㎝•直径1.8㎝•重さ200gの、糸川東大教授のロケットは、水平(すいへい)に飛んだ。
2Nロケット。
① N-Ⅰ(えぬわん/えぬいち)ロケット。
アメリカ人のアドバイスで、日本で人工衛星を打ち上げるために、アメリカのデジタルロケットの技術を参考に、三菱重工(みつびしじゅうこう)がつくった、3段式液体•個体組み合わせの燃料ロケット。
1975年、人工衛星(じんこうえいせい)「きく」の打ち上げに、成功した。
1982年までに合計7機打ち上げられた。
② N-II(えぬつー/えぬに)ロケット。
N-Ⅰロケットの打ち上げ能力を向上させるために、デジタルロケットの指導を受けた、N-IIロケットは、1981年から1987年に打ち上げた8機すべてが成功した。
(参考)
NロケットのNの意味。
日本:ニッポンのニッポンの「ニ」のN 。
3H ロケット。
① H-I(えっちわん/えっちいち)ロケット。
N ロケットのデジタルロケットの技術のⅠ部を国産にしたロケットで、1986~1992年に打ち上げられた9機は、すべて成功した。
② H-II(えっちつー/えっちに)ロケット。
H-Iロケットの国産化率を高めたロケットで、1994年から1997年まで打ち上げられたが、1998年•1999年の打ち上げ失敗で、打ち上げをやめた。
③ H- I I Iロケット/H3ロケット。
名前だけで、すぐ次世代(じせだい)のH2Aロケットになった。
④ H2A(えっちつーえー/えっちにえー)ロケット。
2001年に開発が始まり、2003年JAXAができてから20年以上、打ち上げの成功率98%という実績であったが、2025年6月29日、打ち上げを終了(しゅうりょう)した。
誰もが不思議(ふしぎ)に思ったが、説明を聞いて納得(なっとく)した。
JAXAは、経済的合理性(けいざいてきごうりせい)を無視する組織であった。
(H2Aロケットの1回の打ち上げ費用は約100億円)
経済的合理性とは、計画表をつくり、経費を計算し、実行して成果がなければ、やめることである。
JAXA(2)で書いた、JAXAのおおみえ。
① 日本の国家基幹技術の研究•開発に取り組む。
② 現在の日本経済の牽引力は、自動車産業やエレクトロニクス産業であるが、今後は、航空宇宙産業が牽引力の1部となる。
③ 新たな産業を創造し、国内産業を活性化させる。
④ 国産ロケットをふくめ、衛星打ち上げの国際市場への参入する。
ちなみに。
a アメリカとロシアは60年以上まえ、中国は20年以上まえ、“有人宇宙飛行”をしている。
b ウキペディアなどに書かれている、HIIBロケット•H2Bロケットは、過去にも現在も存在しない。