「シーンっ」
若き王太子は自分の名を呼ぶ声がして、振り返った。白い宮殿の壁しか見ない。
「シンったら、ここよ」
顔を見なくとも彼にはわかった。王太子である自分を『シン』と呼ぶ女性は、この世でただ一人だけ―――彼の愛しい妻―――なのだから。

王太子は手をかざして顔を上げた。彼の目に飛び込んできたのは、3階の窓から身を乗り出して自分へ手を振る妻のチェギョン妃だった。

「チェギョン!危ないぞ」
「大丈夫よ」
―――何が大丈夫なもんか。こちらの気も知らないで。

気が付くと彼は走り出していた。
「シン?」
妻の可憐な声がまだ中庭に響いていた。


宮殿内をまるでつむじ風のように走り抜けていくシンに、侍従や女官たちはあっけにとられていたけれど、今は王太子としての威厳よりもチェギョンだ。
その昔、敵の襲撃に備えて迷宮のように入り組んでいる宮殿内を、彼は最短距離で駆けていく。



「チェギョン!」
「シン」
彼女はまだ呑気の窓の外を見ていた。シンは彼女が完全に振り返る前に広い部屋を横切って妻の腰を抱いた。

ふわんと甘い香りとしなやかで暖かな彼女が彼の腕の中へ納まった。

「チェギョン…君は僕に長生きをして欲しくないみたいだな」
クスクスと彼女が笑っている。
「笑い事ではないぞ。チェギョンが身を乗り出していた姿を見た僕の寿命は、明らかに1年は縮んだ」
「大袈裟ね。身を乗り出してなんていないわ。だって乗り出そうにも、乗り出せないでしょ」
ゆっくりした動作で彼女が体をよじった。

「うぅぅん、もう!この子のせいで、シンに抱き付けないっ」
忌々しそうに膨らんだお腹に手を置いているけれど、チェギョンの目は幸せそうに輝いていた。
「だから僕が後ろから抱いただろう?ほら、もう一度」
「だって、そうしたらシンの顔が見えないわ」
チェギョンの抗議にシンは声を立てて笑い、
「分かったよ。じゃあこうしよう」
そう言って彼女の手を取ると鏡の前へ連れて行った。


「ほらね、これで僕の顔が見えるだろう?気にいってくれたかな、奥様」
「そうね、お兄様にしては、まぁまぁのアイディアだわ」
時々妻は自分のことを昔のように『お兄様』と呼ぶ。シンは微笑みながら、妻の白い頬にキスをした。
以前は彼女にそう呼ばれると、2人の距離が永遠に近づけない真実を突きつけられている気がして辛かった。
今こうして、チェギョンを自分のモノにする事が出来、2人の愛の証は彼女の体の中ですくすくと育っている。





「僕は……神に感謝してるんだ」
「どうしたの?急に」
チェギョンは鏡の中の夫の顔を見た。冗談でそんなことを言い出したのだと思ったのに、彼の顔は真剣そのもの。
「シン?」
顔だけ振り返って彼を見ると、シンの瞳が潤んでいるように見える。
「シン?泣いてるの?」
チェギョンは体の向きを変え、彼の体に横向きに立った。近頃急にお腹が出てきて大好きな夫に抱き付くことが難しくなってきた。そこで考えたのが、彼に対して横向きで立つという方法。こうすると体の半分は彼に寄り添うことができる。

チェギョンが手を伸ばし彼の頬を撫でると、シンの大きな手が伸びて来て手を掴まれた。
「妹だと思い込ませようと必死だった。チェギョンが僕の前に現れたあの日からずっと」
「シン…」
「チェギョンが傷ついた時は、僕が癒してやりたかった。チェギョンが悲しい時にはその涙は僕が拭ってやりたかった。チェギョンが楽しいときは、僕にだけその笑みを見せてほしかった」
「そうなったわ」

17歳の時、他国の王子と婚姻を勧められたチェギョン。
けれども、シン以外の人と人生を歩むことなど彼女にはできなかった。

「―――私だってお兄様のことをずっと愛していたわ。自分はどこか普通の子と違って、おかしんだって思ってた。だって、お兄様のことを愛してしまうなんて…変だもの」
シンが兄でなければいいのに、と一日中思っていた。

「だから僕は神に感謝してるんだ―――」
シンの端正な顔が近づき、チェギョンは目を閉じた。優しく重なる彼の唇を感じながら、彼女は今の幸せをかみしめた。



彼女と彼が心配したことは、大したことではなかった。拍子抜けするほどあっさりと国民に二人のことを受け入れてもらえたのだから。
王室はチェギョンの出生について包み隠さず明らかにした。その上で国王は「父として王女チェギョンを愛している」と自らの口で言った。

シンはまたチェギョンへの熱い想いを綴った手記を、メディアに報道させたのだった。

近隣国のジェームズ国王の祝福の言葉につられるように、他の国々の王室からも二人の仲を認められた。
チェギョンは『王女としての全ての特権と財産』を放棄する代わりに、実の両親の娘としてシンに嫁ぐことを決めた。国王も議会も国民も、『王女の身分のままで』と寛大な態度を見せてくれたけれども、彼女は首を縦に振りたくなかったのだ。

「王女として育ててくださり、おかげで宮殿での礼儀作法と教育を身に着けることができました。それが私の何よりの財産ですから」
17歳の彼女がきっぱりと答える姿に、もうそれ以上何も言うものはいなかった。

シンは嬉しそうに彼女を見つめ、大勢の目があるというのに、堂々とキスをしたのだ。それも軽く5分は続く長いキスを。
たまたま報道のカメラが一部始終を撮っていたため、あっという間に世界中へ配信され、閲覧されてしまった。

「この時のキスシーンが一番人気があるんだな」
動画の再生回数を見ながら、シンが時々いう。
「ふーん。じゃあ、この時を抜かすようなキスシーンを披露しないとなっ」
「―――シンの事、『切れ者のクールな王子』って言われてたのが嘘みたい」
チェギョンはそんな夫にあきれ顔で答えている。彼は言語実行の人だ。
それゆえ、事あるごとに人前で熱いキスシーンを披露する。

今では隣国のジェームズ国王夫妻の『キスが好きなロイヤルカップル』堂々1位の座を、自分たち夫婦が抜こうとしているのだから。



シンはチェギョンとの婚約と同時に『王太子』の座を受け入れた。
チェギョンと共に、この国を守っていくという新たな決意を形で示すことにしたのだった。

17歳だったチェギョンが18歳になると、シンはサッサと結婚することにしてしまった。
「早すぎないか?」という周囲の言葉など耳も貸さずに。
あちこちで質問されるたびに彼は、
「僕は17年も待ったんだ。もう1秒だって待ちたくないよ」
キッパリと答えていた。そして、チェギョンが20歳の今、新しい命が芽生えようとしている。





シンは妻の体を抱き上げると、ソファに座った。
「この子は僕の声が聞こえているんだな」
愛おし気に妻の丸いお腹を撫でた。
「シンは子どもが生まれることが嬉しい?」
チェギョンは尋ねた。最初に彼に彼女が妊娠を告げた時、シンは固まってしまったかのように動かなかった。それ以来、何故かチェギョンは「子どもが欲しかったのか、どうか。嬉しいのか、そうでないのか」と聞くことができなかった。

彼女の問いに、彼は驚いたのだろう。目を大きく開け妻を見た。

「嬉しいに決まってる」
「本当…?」
「いつも言ってるだろう?生まれてくるのが楽しみだって」
チェギョンがどこか納得できない顔で自分を見ていることに、シンは気づいた。
「“楽しみ”って言うけど、“嬉しい”って言ってくれないわ」
チェギョンが顔をそむけた。妻がそんな些細なことを気にいしているとは、シンは思いもよらなかったから。

「チェギョン、僕を見てくれ」
彼の言葉にちらっと彼女が目を向けた。
「僕がひそかに計画していることを知ってる?」
突然彼がそんなことを言い出して彼女は困惑しているのだろう。怪訝な顔をして首を横に振っている。

「ジェームズ王家のように、家族が沢山ほしいんだ」
「シン…!」
「楽しそうだっただろう?デヴィットの家族は」
「うん、すっごく」
ジェームズ国王夫妻は4人の子どもがいて、王子と王女たち各々がまた子だくさんだ。次から次へと家族が増えている。

「僕たちは二人だけだからね。ジェームズ王家の総勢には遠く及ばないだろうけども、『励んでみる価値』は有りそうだろ?」
チェギョンが真っ赤になった。シンはそんな妻の初々しさにニヤリと笑うと、妻の額にキスをした。


ここの宮殿に、賑やかな子どもたちの声が響き渡る日は、そう遠い未来でもなさそうだ。



~end~



こちらS国の国王寝室では―――


「くそっ」
「ジェームズ、どうしたの?」
ソフィアは、ドレッサーの鏡越しに夫の顔を見た。彼のタブレットを持つ手が震えている。
化粧水の瓶を置くと、ソフィアはベッドへ向かった。

「何が『キスが上手いのは、シン王太子か?ジェームズ国王か?』だっ」
「そんなことが書かれてるの?」
ソフィアは画面を覗きこんだ。

「こんな下世話な記事を気にすることないわ。どうだっていいのにね、キスが上手いか下手かなんて」
ソフィアが言うと、ジェームズはまだムッとしている。

「―――下世話な記事か、上品な記事か、そんなことは問題ではないっ」
「じゃあ、何がそんなに“問題”なの?」
「キスが上手いのは、僕に決まっている!!シンなど、ガキだ。こちらのキャリアが何年あると思っているんだっ」
「え…?ジェームズが機嫌悪いのは、シン王子と比べられたことが原因なの?」
ソフィアが唖然としていると、端末が鳴った。


「あら…お義父様からよ」
ソフィアがタップすると―――


「どうなってるんだ!ジェームズの名前があるのに、私の名前がないのはおかしいぞ。お前たちより、私たちのほうが年季が入ってるっ」

エドモンド前国王の大声が聞こえてきた。

 

 

クリスマスツリークリスマスベルジンジャーブレッドマントナカイサンタ

 

遅くなりましたが、最終話でございます。

さっさと更新しようと思いつつ、なんかいろいろあって、のびのびになってしまった。

 

先日、夜中に強烈に右脇腹から右首筋が痛くて起きる。

そのまんまその日は仕事してたんだけど、夕方になってもひどくなるばかり。

かかりつけクリニックに滑り込みで受診したら、「検査しても結果がすぐ出ないから、夜間の救急外来を紹介するから受診してきて」と言われ。

 

夜、行ってきましたわー。CTの結果、なんと

 

「便秘ですね」

 

えーーーーーーーーーあんぐり

 

大腸にびっちりうんちが詰まってた・・・。

しかし、整腸剤しかもらえず、そんな緩い薬では即効性もなく、翌日はとうとう、仕事を休む羽目に。

 

かかりつけ医で受診しなおし、下剤を処方してもらって、うんちを出す。

しかしさ、もともと快便なんだけど?全部出切ってないってことか・・・・・。

 

あれから、かれこれ5日ほどたつのに、右脇腹と右首筋の痛みは消えず。

 

そして気づく。

 

 

もしかして、これって、腹筋が原因?

 

そうなのです。ちょうど、最初の激痛の数日前から、新しい腹筋運動を始めてて。

中年女子なので、筋肉痛が遅く出てくる。

激痛がちょっとおさまって、排便できてるので、また腹筋運動をちょっとだけ始めた。それが痛みが消えない原因かもーーー。

 

ようやくそのことに気付き、本日から腹筋運動はお休み(笑)

 

痛くて、横になることもできん…。なんて馬鹿なんだろうか、腹筋運動で激痛って。

そもそも、最初に病院で便秘って言われたのも、実は、腹筋運動の筋肉痛が原因で、たまたま、CTで見たら、便が二日分詰まってただけなのでは?とさえ思う…。