「家事を分担してもらいたい」
なぜ夫に言いにくかったのか
そこを考えてた。
前にも書いたようにワタシは1年前からライフマネジメントの学びに参加している
全国から参加した女性のコミュニティ
そこでの学びの中に
人の行動には恒常性があって、行動を変えようとすると「変わりたくない」という無
意識が働く
「無意識」なのでそこは本人にも気づけない。
そして人の行動で「意識」されてるのは5%、残りの95%は「無意識」らしい
そしてその無意識は、「変わりたくない」と言うホメオスタシス(恒常性)を働かせるのだそう
思い当たったのは、ワタシの働き方が変わっても「家事をやってもらいたい」と言えなかったのは、その夫のホメオスタシスの強さをなんとなくわかっていたからかも!ってこと
夫はルーティンが多い人で、家族で早朝から旅行に出かけるとき、準備に時間がかかるのはいつも夫
化粧しなくていい子どもは、起きて顔を洗って服を着れば出発できる。
ワタシも身支度は早い。
ところが夫は毎朝のルーティンを省略できない。
「何でなんっ?!パパ待ちって」とよく思ってた。
特別な朝なんだから、行動を省略するとか!手早くするとか!何か変えられないのか?!と思っても、変えたくないようなので、出かける朝は家族で一番最初に起きてもらうことにした
学んだ今思えば、それはまさに「ホメオスタシス」
決まったルーティンの自分の生活パターンを変えたくないという夫の無意識
家庭に専業主婦がいて役割分担がはっきりしてるところからスタートしたので、
自分は外で働いて稼ぐ担当
妻は家のことをやってお金を使う担当
その頃はそれでよかったけど、ワタシが働き始めると、そのバランスは自ずと変化してもいいのに、夫には「自分が家事を分担するくらいなら、そんなに働かなくてもいいよ」という気持ちがうっすらあった、と思う。
そんな夫に、朝の何かの家事を分担してもらう。帰宅後のくつろぐ時間を崩して家事を分担してもらいたいことを言っても「無理だろうな~」とワタシも思い込んでた。不機嫌になられるのも避けたかった。
家族に不機嫌な人が増えるのが嫌だったから・・・
(そうは言いながらも、夫は洗濯物を干すことからやってくれるようになっていた)
子どもが成長して家を出て夫婦二人暮らしになっても、そう簡単には変わらなかったように思う。
そこがどうやって今の状態まで変わっていくのか・・・
その夫が変わっていく要素に気づかされたことがある。
学びのコミュニティの先輩に言われた一言
「旦那さん、よく(あなたのことを)見てますね~」
「えっ」
そう言われて気づいたのが、
夫はいつも何かを相談すれば必ず腑に落ちる返事をしてくれた
この夫に「幸せにしてもらおう」だなんて微塵も期待しなかったけど、自分が何か考えたり迷ったときに、必ず相談できる人だ!と信じられるから結婚したこと
ワタシの(家族の)話は聞いて受け止めてくれる(忘れることも多いけど)
「家事分担なんて無理だろうな」と思い込んでたワタシ
そして、不器用だと思い込んで家事能力を信じてないのは紛れもないワタシ
自分を信用してない人から監視されるように見られてダメ出しされてたら、家事を手伝ってもやる気も失せる・・・まさにその頃の夫
言い方や(家事のやりかたを)信用してない態度、自分の家事へのこだわりが、夫のやる気を損ねていた。
それでもワタシの文句を聞き流して手伝ってくれていたことに気づいてからは、
本当に頭が下がる思い
「よくぞこんな身も蓋もない言い方のワタシに怒ることなく耐えてくれた」
そして、夫は、ワタシのこの1年の学びを隣で見てた
学び始めて半年の頃、自分のなかの「無意識の抵抗」「自分に対する期待」が話題になった講座があった。
そのとき、一緒にそのアーカイブを見てた夫に言われた
「いつも俺が言ってるやん」「なんでそんなことを難しく考えてるん?」「そのままの自分でいいんだよ」と・・・
夫の話を聞いていなかったのは自分
無意識の抵抗で、夫の言葉が耳に入ってなかった
聞いてたけど心に留まってなかった
ワタシかーーーっ
そこから、いろんな深い話ができるようになったように思う
結果、正直、なにか家事の分担をお願いしたわけではない
ただ「気が付いた方がやる」ということを自然にできるようになっていた
早く帰った方が、食洗器の中の物を食器棚に戻す
洗濯は、朝早く起きる夫がスイッチを入れる
週に2回の燃えるゴミの日は、夫が家の中のごみを回収
お弁当を作ったり掃除はワタシがするので、夫は洗濯物を干す
料理はワタシ
洗濯物をたたんで仕舞うのも夫
食事後の食器は流しへ持って行くのは夫
お風呂の準備は夫
冷蔵庫の氷を作る、浄水器をセットする、食卓を拭く・・・
そもそもきれい好きで丁寧な夫は、大雑把なワタシが面倒と思うことは、やってくれる。
ただ夫のやり方を尊重して、任せきる
ワタシがこだわってぎゅっと握りしめていた家事を手放したのだ
そもそも我が家は片付いている家
管理できないような量の物は持たない暮らし
出したものは元の場所に仕舞える
家族が不便なことは都度都度改善するのが基本
そのおかげで、上から目線のワタシに偉そうに指示されなくても夫は、出したものを片付けられるし、何なら最近改善の提案すらしてくる。
次第に、前向きに現実的に「夫婦二人で暮らをつくっている」と思うようになったんだと思う。
そうやって、今、多くの家事を担う夫が誕生した
まだ、思い当たることがあったら、書きます。
もし、ご質問がある方は、ぜひコメントください。