中学3年間、女子には無視され続けた。
思えば、あの中学を選んだ時点で、そういう未来を自ら手繰り寄せていたのかもしれない。
小学校卒業の際、進路は2つあった。
家を跨ぐ道路がちょうど校区の境界線だったからだ。
5年生で転校してきた俺には、バカをやれる仲の良い連中がもう十分にいた。
彼らが多く行く中学に進むのが、正解だったはずだ。
けれど、俺は「逆張り」をした。
あえて、知る人のいない環境での賭けに出た。
荒っぽい噂の少ない、穏やかな学校で心機一転、音楽に心を染めたかったからだ。
人を叩きのめすのは得意だったけれど、もう不穏な場所には行きたくなかった。
だが、暴力には「物理的」でない形もあるのだと、すぐに思い知ることになる。
中学に入ってすぐ、一人の女子に告白された。
話したこともなかったが、幼い俺にとって「好き」と言われるのは純粋に嬉しかった。
「付き合いたいんだけど」
「別にいいよ」
反射だった。喧嘩を売られたら必ず買う。
当時の俺にとって一種の挑戦状のようなものだったのかもしれない。
「付き合う」が何なのかも分からぬまま、彼女は俺の「初めての彼女」になった。
ひどくシャイだった俺は、その後彼女と一言も交わすことなく、関係は「自然消滅」した。
ここまではよくある話。
だが、後に聞いた噂話。これがひどかった。
仲が良いと思っていた連中が
「あいつ、弁当のためにOKしたんだぜ」
と吹聴していたらしい。
彼女ができたら仲間内で弁当を奢らせる
そんな競争の的にされていたという。
真偽は知らない。
一度だって奢られてなどいないのだから。
その代償を知ったのは、2年で生徒会副会長に立候補した時だった。
(元)彼女のいたクラス、そして学年全体の女子からの投票数だけが、俺一人だけ異常に低かった。
クスクスという忍び笑い。通り過ぎるたびに避けられる気配。
「なるほど、そういうことだったのか」と、その時ようやく気付いた。
違う中学を選んでいれば、「そんなわけないべや」と誰かが庇ってくれただろう。
実際、俺が路上ライブの取材を受けて新聞に載ったときは、あっちの中学ではその記事が校内に貼り出されたらしい。
みんな俺のこと好きすぎだろ。
音楽をやりたくて、争いを避けて選んだ学校。
俺はもう「戦う」ことより、ただ「突き進む」ことを選んだ。
弁明や言い訳に体力を使うより、行動で示すしかなかった。大人ぶっていたんだ。
ありとあらゆることを全力でやり続けた。
先輩からも、後輩からも、ものすごく認められた。
けれど、同学年の女子からの嘲笑だけは、卒業まで止むことはなかった。
そんな中学を卒業して、高校では爆裂に女の子にモテたいと思った。
派手な格好をして、喧嘩もタバコも酒もやって。
だけど毎朝2時間かけてヘアスタイルをセットしていた。
とにかくもう誰にも嫌われたくなかった。
もう、一人になりたくなかった。
孤独は、怖い。
そんなことを思い出して、書き綴っている深夜4時。
今の俺はもう、誰かに嘲笑される場所にはいない。
でも当時の自分が、まだ胸の奥でしぶとく夜更かししてる。
ただ、それだけのこと。
笑える。