久々の更新だ。ミクシィ日記からの転載に近くなるが、僕が最近思うことをどうしてもこちらでも述べておきたかったので、書かせてもらう。
さて、タイトルの元ネタは、サンクチュアリの浅見議員だ。
「国民を信用しない政治家を、国民が信用するわけがない!」
だが僕は、あえて逆を言う。
政治問題をずっと考えてきて・・・結局、その原因のほとんどは、国民にあるのだと、気づき始めている。
利権第一主義の政治家を。
戦争をしたがる政治家を。
ウソばっかりの政治家を。
選んでいるのは、国民の自業自得なのだ。
政治家がだらしないから。政治が信用できないから。国会なんて誰がいっても同じだから。だから選挙に行かない。
いやそうじゃない。選挙に行かないから。政治を信用してないから。政治と真面目に向き合ってないから。だから国会が、議員がそうなるのだ。
もし、自分が政治家だったら・・・と想像してみてほしい。
なにか失言をすると、なにか無知をさらすと、マスコミは、国民はさんざんバカにし、批判するとしたら・・・あなたはどうするだろうか?
もちろん、うかつに口をあけないほうがいいに決まってる。
正直に政策を主張したら、そんなのおかしい、国益に反する、まともじゃない、と叩かれるとしたら、どうするだろうか?
もちろん、何も言わないか、あたりさわりのないことを言うに決まってる。
つまり、政治家になるために、組織票だのカネだのが必要で、誠意なんぞないほうがよく、ウソついたほうが有利・・・な土壌を作っているのは、政治家自身ではなく「我々」なのだ。
無理解が、不寛容が、「自分は何もしないくせに政治家には誠意と万能を求める都合のよさ」が、結果としてくだらない政治家をステージへと押し上げるのだ。なぜなら、そんな政治家はもともといないから、「それを騙る人間」が選ばれるのだ。
この問題は、日本特有ではない。アメリカもそういう面は強い。欧州にもある。
しかし、すべての民主議会国家で、そうであるわけではない。
よく政治的にクリーンだといわれる北欧などでは、政治家の平均年齢は低く、継続年数は短く、学生だって公務員だって当選する。
そして、彼らは正直なものが多く、酒を飲みながらホンネで有権者と議論もする。
もちろん汚職率は低い。国会ではヤジなんか飛ばない。そこにはまごうことなき「国民目線の政治家」しかいない。彼らはえらそうじゃないが、有能ともいえないが、有権者と一緒の段にいるようだ。
そしてそれは、その国の国民が選んだからだ。
肩書きだの、経歴だので選ばず、ホンネをちゃんと言っても許されるからこそ、なのだ。
池上彰さんの番組を見て、本当に痛感した。
池上さんは正論を、真っ正直を突きつける。そうすると政治家は皆、苦しい。
だけど、それは正直な政治家を、本当はわれわれが許さないからなのだ。
悪いのは我々だ。この選挙結果の責任は我々にある。
組織票が、特定業界が、宗教団体が勝つのも当然だ。反省しよう。
そして日本の政治に絶望する前に・・・いや絶望しているならなおさら・・・
政治を、政治家を、育てよう。タネをまこう。寛容に水を注ぎ、見守ろう。
政治家がなにかしたとき、とりあえず批判の声をがなる前に、冷静に、じっと考えてから口をあけよう。彼の何が悪いのか? 彼女はどうしてこう言ったのか?
・・・そうすると、これまでも何度もあったことだが・・・本当に浅はかなのは自分やマスコミのほうだった、と気づく事が増えるだろう。保証する。少なくとも僕はそうだった。