老嬢の日記

老嬢の日記

(ほぼ)天涯孤独の引きこもり老嬢。
小さな家を建て、介護離職して、
雪の降る田舎でひっそり生きてます。
北のぼっちの日々のつぶやき。

いつも行くショッピングセンターの一角にある、農家のおばちゃんたちの直売所。

(いや、私もまごうことなく「おばちゃん」なんですけど)

おにぎりとか山菜の天ぷらとかきな粉餅とか、

そのショッピングセンターに行く度に、何かしら買っていました。

安くて絶妙に美味しかったのです。

花束も野の花みたいに素朴だけど、たくさん花が入っていて格安。

直売所をのぞくのが日々のささやかな楽しみでした。

 

1月半ばから雪が降ったので、買い物は近くのスーパーで済ませて、

最近行ってなかったのですが、その直売所、1月末でなくなったそうです。

採算は取れていたそうですが、(確かにいつも混んでいた)

作る人たちの高齢化や亡くなったりで、続けられなくなったそうです。

私、そこの年に数回だけ販売する「きびだんご」が大好きでした。

販売予告が店に掲げられると、その日は朝一番にショッピングセンターに行きました。

昼前には売り切れてしまうから。

朝一番に行くと、きびだんごはまだほの温かく、それが本当に美味だったのです。

猿と犬と雉の気持ちがわかるくらい(桃太郎か)。

 

大げさかもしれませんが、あれはもう二度と、つまり永遠に

食べることは出来ないんですねぇ。

この年になると、そんな小さな喪失が、意外と地味に堪えるのです。

今日は「燃えるゴミの日」。

私がゴミ出しを終えて帰る時、

モンスター家の若い方の奥さんが、台車に多量のゴミを乗せていくのとすれ違いました。

今朝も私の挨拶に若い奥さんは頷いてみせるだけです。

まぁ、それはどうでもいいです。

その後、私はまたこっそりゴミステーションに戻ってみました。

案の定、ゴミ袋に番地の記入なし。

それより何より、お菓子の食べかけが袋ごと捨てられたり、

汚いトレーや、洗剤の容器まで、ぐちゃぐちゃ。4袋。

……分別する気持ちは微塵もなさそうです。

近くのクリニックの薬袋が入っていて、フルネームの記載があったので、

これで特定されたと言うか、確定したわけですが、

それで別に何か手立てがあるわけではなく。

とりあえず記録用に写真だけ撮っておきました。

このゴミ、下手すると自治会長をやっている私のところに

やって来る……激鬱です。

とりあえず、大きなゴミバケツでも買った方がよさそうです。

私が思っていたよりかなりのモンスター一家なので、

真正面から注意なぞしたら、逆ギレ・逆恨みされそう。

アンタッチャブルなお宅。

こちらでゴミの始末をするしかありません(一年間も!!)。

一応大家さんに穏便に「困ってます」ということだけ伝えてみました。

大家さんの方でもよく把握されている雰囲気でした。

ゴミ出しルールを守らない、という程度では、

退去してもらうとか契約を更新しない、とか法律では出来ないらしいですね。

 

……何だかもう、こちらが引っ越したくなりました。

(五年前に立てた家で、絶対無理だけど)

800年前の詩人、ジャラール・ウッディーン・ルーミーの

言葉が好きです。

最近も(いや、少し古いかも)「マインドフルネス」や「ウェルビーイング」

とかでよく使われているみたいですね。

 

↓有名なやつ。

 

原文と私訳+AI超訳(著作権問題なし)

 

《傷は光の入り口》

"The wound is the place where the Light enters you."

傷ついた心の隙間からこそ、

まばゆい光が、

あなたの中へと流れ込んでくる

 

《あなたは海そのもの》

"You are not drop in the ocean.

  You are the entire ocean, in a drop."

あなたは大海の一滴に過ぎないのではなく、

一滴のしずくの中に凝縮された、広大な海そのもの。

 

《翼ある人》

"You were born with wings.

  Why prefer to crawl through life?"

あなたは翼をもって生まれたのに、

なぜ地を這って人生を送るの?

 

厳格な神学者だったルーミーは、

放浪の修道僧との出会いから、

知識だけの信仰を捨てて、

音楽、ダンス(旋回舞踊)、詩を通じて神と一体化する、

という神秘主義になったそうです。

 

旋回舞踊って、あの特徴的な帽子と広がるスカートで、

ひたすらぐるぐる回るやつ(セマー)ですね。(ユネスコ無形文化遺産)

三半規管が弱い私には絶対無理なやつ(笑)。

 

《愛の中で踊れ。傷口に包帯を巻いたまま。

 戦いの真っただ中で。己の血の中で。

 完全に自由になったその時に》

 

私には特定の信仰はないし、

特別スピリチュアル系でもないけど

(嫌いではないです)

ルーミーの言葉は、そういう枠を超えて、

心が落ち着くのです。

 

"Out beyond ideasof wrongdoing 

  and rightdoing,there is a field.

  I'll meet you there."

「正しい」とか「間違っている」とか、

 そんな理屈を超えた場所に広大な野原は拡がっている。

 そこで会いましょう。 

 

これはアメブロには合わない内容かもしれませんね。

「note」とかで書いた方がいいのかもしれません。

やってないけど。

 

 

まさか自分の人生で、疫病という厄災に見舞われるとは思っていなかったです。

まさか自分の人生で、また戦争が始まるとも思っていなかったけど、

どうもそうではないみたいです。

 

戦って、戦って、戦ってまいります。

……みたいな、ね。

まぁ、それも皆が決めたことですから。

BBAは時代と世の流れにただ身を任せる他ないですからね。

 

これからどんな時代が来るのかしら。

 

2020年4月。兵庫県尼崎市のとあるアパートで、女性が孤独死した。現金3400万円、星形マークのペンダント、数十枚の写真、珍しい姓を刻んだ印鑑......。記者二人が、残されたわずかな手がかりをもとに、身元調査に乗り出す。舞台は尼崎から広島へ。たどり着いた地で記者たちが見つけた「千津子さん」の真実とは?「行旅死亡人」が本当の名前と半生を取り戻すまでを描いた圧倒的ノンフィクション。(毎日新聞出版HPより)

https://mainichibooks.com/books/nonfiction/post-593.html

 

 

 

「行旅死亡人」とは、住所、居所もしくは氏名が分からず、引取者のない遺体のこと。

自分の身の上のことを考えると、とても他人事ではなく、ずっと気になっていた本。

読んでみて、思っていたのとは違いました。

 

名前や年齢を偽り、人目を避けるようにして生きた女性。

多額のお金が金庫にあったにもかかわらず、

風呂なしアパートで息を潜めるように生きた日々。

証言者によって変わる、謎めいた彼女の印象と半生。

 

結論から言うと、

「千津子さん」の本名や身元は記者たちの探索の結果、判明します。

だから、彼女は「行旅死亡人」ではなくなりました。

しかし、彼女の半生に秘められた謎は深まるばかりです。

 

なぜ、労災の障害年金を断り、それでも多額の現金が残されていたのか。

なぜ、年齢や名前を偽り、歯医者も闇医者に通う程、

人目を避けて暮らしていたのか。

なぜ、彼女の夫なる人物、「田中竜次」はまるで「蜃気楼」のように消えたのか。

(彼のことを覚えている人はもうおらず、痕跡も残っていない)

そして、遺された星形のロケットペンダントに入っていた、謎の数字の羅列。

 

これは実話ですが、一種のミステリーでした。

何か大きな秘密を隠し持ったまま亡くなった女性だったのだろうと思います。

だから本のタイトルは「ある行旅死亡人の物語」となっていますが、

彼女の「物語」は何ひとつ明かされないまま終わります。

 

そんな風に最後はモヤモヤしますが、

記者たちが彼女の身元を解き明かそうと、小さな手掛かりから聞き込みを続け、

細い糸をたどって、彼女の素性に近づこうとしていくのが興味深く、

サクサク読めました。

 

何だか、追えば追うほど遠くなる、逃げ水のような「千津子さん」。

結局、生者は死者の何を知っていると言えるのだろう、とも思いました。