平成五年 池田三代会長(聖教新聞H5.9.19)
『大御本尊が信心の根本であることは、
これからも少しも変わらない』
令和五年 学会要綱
『特別の御本尊はなく、学会印刷の本尊も同じ』
「本門の本尊は『弘安二年の御本尊』に限定されるものではなく、末法の衆生のために大聖人御自身が顕された御本尊と、それを書写した御本尊は(中略)等しく『本門の本尊』である。」学会要綱P150
戸田二代会長(戸田城聖全集四 P305)
「大御本尊から出発していないものは法脈が切れている」
「弘安二年の十月十二日の大御本尊様のただの一幅なのです。そこから(中略)ずうっと出てくるのです。それから、ほかの本尊、どこのを拝んでも絶対だめなのです。弘安二年の十月十二日の大御本尊から出発したものでなければ、法脈が切れてますから、絶対だめなのです。」
日蓮大聖人
「信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり」生死一大事血脈抄
「此の血脈並びに本尊の大事は日蓮嫡々座主伝法の書、塔中相承の稟承唯授一人の血脈なり。相構へ相構へ、秘すべし伝ふべし。」本因妙抄
「日興が嫡々相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為すべきなり」百六箇抄
「霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か」三大秘法抄
大御本尊には「本門戒壇」と三大秘法の御本尊である事を明らかにされている
日興上人
「弘安二年の大御本尊は日目に之を相伝す」日興跡条々事
御書の御指南・歴代会長の指導を守らない学会が
『御本尊を認定する』(要綱P82)そうだ。
文責 木谷090-3830-3773