大乗非仏説⑱ 空仮より中を(知恵袋の文章をそのまま掲載) | kitani1のブログ

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【質問】

輪廻転生などそのような神話的な考え方
など信じられないという人はどう
考えたからいいでしょうか。


~中略~


この世界は生滅の世界であって、
有るとも無いとも断定していうことはできません。
お釈迦様の法を受け入れるのに、
輪廻転生を信じる必要はありません。
現実に死の恐怖があるならば、それを緩和し、
できれば制圧することが先決です。


そのためには、「我有り」と仮構された
自意識を壊滅させる必要があります。


自我意識は妄執を発生源としていますので、
妄執を断てとお釈迦様はしきりに説くわけです。


もし妄執(生存への執着)を断てば
「我有り」の自我意識は壊滅して、
有無の分別のないありのままの存在が現成するでしょう。


その存在こそは自性という固有のものでありませんので、
これとかあれとか指示することのできないものであります。


お釈迦様の言葉で言えば「論ずるよすがは絶えてしまった」
状態になります。
こうした状態を「非我」といい「無自性」といい、
そうした存在を「本来の自己」などど後世でいっております。


お釈迦様の教えは決して難しいことをいってはおりません。
難しいのは、努めつづけることなのです


ブッタの人と思想 NHKブックス(P183~184)
中村元&田辺祥二著
※原文のブッタは⇒お釈迦様へ変更


やっぱり自分は「輪廻転生」はないと思います。


【回答】(私)

この本に書かれていることは、小乗教と大乗教が混じった考えのようです。
「我有りと考えるのは執着」は小乗教と大乗教に説かれている考えです。
それに対して、「無自性」として「本来の自己」は大乗教で説かれている内容だと思います。


少し難しくなりますが、
「我」は現実にあります。これに執着しても、「無常」(常に無い)であり、消滅する存在だとしています。所詮「我」は仮の姿で『仮』と表現します。


それに対して、「空」が説かれます。現在有った因縁(執着)が未来の存在を形成するとする(ここに、輪廻の考えがあります)ので、全く無いもの「無」ではないとしています。これを『空』としてます。


この輪廻を離れるには執着を消滅させればよいと説きます。これが小乗教で説かれていることです。つまり、「解脱」すれば、輪廻から離れると説かれています。


しかし、それを「突き動かす法」の存在は、どうなるのかと言う問題が残ります。
つまり「空」だけでは、説明できない事があります。「空」に執着している弟子たちにこの「法」の存在を説いたのが大乗経です。この「法」を『中』と表現します。


中村元と言う学者は私さえ知っている人ですが、大乗非仏説にとらわれて、経典のけじめが分からず、大乗教と小乗教を混淆しています。


もし、仮に小乗教が説くように、「解脱すると輪廻から離れる」とすると、全ての生物が解脱すると宇宙には生物がいなくなります。また、非情と言われる花や石などの成仏すると宇宙そのものがなくなります。これは極端な事かもしれませんが、突き詰めると宇宙が無くなるとすれば、仏法は「有」「無」の法となり、「因縁」の仏法とかけ離れます。


小乗教の「輪廻から離れる」は「六道輪廻(苦しみの輪廻)から離れる」と読めばよいと思います。


「空」「仮」「中」の円融を説いた法華経には、「衆生を誘引するため、方便として種々の経典を説いた」とあります。