まちづくりに大切なのは、住んでいる人が小さな成功体験を積み重ねること。
師匠が教えてくれた言葉だ。
清掃活動をして、まちがきれいになって、皆が喜んでくれた。小さなイベントで、来てよかった楽しかったと言ってもらった。そんな積み重ねが、人の意識を変えて、ひいては大きな成功につながる。
この言葉は、いきなり大きな成果を狙う必要はない。そんな成果はでない。毎回少しずつ背伸びをしていけばいいんだと言っていると思う。僕はこの言葉を今でもとても大切にしている。

でもこれは、まちづくりに限った事ではない。自分の夢を見つける事も小さな成功体験がきっかけではないだろうか。
自分がこういう仕事をしたいと考えた根本は、中学3年生の小さな成功体験だった。
僕は体育祭実行委員長をやっていた。体育祭では、何か新しい事がしたいという気持ちが強く、9月なのにプールを使ったトライアスロンをやったり、なぜか外周を使ったマラソンをやったり、定番だけれども無かったパン食い競走を入れたりした。それとともに、いかに皆が一体になれるかを考えていた。中学生なりに必死だったのだ。今思えば、人に仕事を振る事ができず、一人で抱えるダメリーダーだ。

その成果あってか、体育祭は大いに盛り上がった。

当時、目立ちたがりやで、ちょっとイタいキタムラ君は、閉会のあいさつの前に「ちょっと待ったー!」と出て行き、三本締めをすることを計画していた。イタい、イタ過ぎる・・・。
しかし、現実はもっとイタい事が起こってしまった。
「ちょっと待ったー」と出ていき、朝礼台に駆け上がりしゃべりだした瞬間、一気に涙があふれてきて、全校生徒の前で泣いてしまったのだ。
自分が生まれて初めて流したうれし涙だった。悲しい以外に涙が出るなんて知らなかった。恥ずかしいからとめようと思うけれど、全然止まってくれないのだ。
終了後、恥ずかしくて、ためらいながら教室に戻ると、皆が待っていてくれた。きっと打合せをしてくれていたのだろう、みんな一斉に自分を胴上げしてくれた。あの胴上げのうれしさは一生忘れる事ができない。

この成功体験が、みんなで何かを作り上げて、みんなが楽しんで、そして周りも楽しくなる、将来そんな仕事をしたいと思うきっかけだった。体育祭、文化祭のような仕事ができたら素敵だと思った。
それが、大学でまちづくりに出会い、これも文化祭だと感じた。
そして故郷のまちづくりを強く意識するようになっていったのだ。

やりたい事がなくても、今の仕事がやりたいことでなくても、その場、その瞬間を必死でがんばって、成功させること。その体験を積み重ねる事で、何かが生まれてくるのだろう。
最近やりたくない仕事も増えてきた自戒も込めて・・・。
最近、動く事について、ふと考えた事がある。
結果をだしていなくとも、薄給で働いていも、NPO法人を立ち上げてそれを生業にしている僕はとりあえず動いていると言えるのだろうか。

僕は、大学院の時に言われた、ある方の言葉が忘れられない。
その人は年齢が少し上で、地域活性化のためのNPO法人をすでに立ち上げてバリバリ活動していた。そのNPOのイベントに行き、交流会でその方と名刺交換をしようと勇んで話しかけたほんの30秒の出来事だった。
キタムラ:「僕、将来、自分の生まれたまちの活性化をしたいんです」
その人:「じゃあ、将来じゃなくて、今動かないと」
キタムラ:「で、でも今は自分に何ができるのか探しながら、自分のスキルアップをしているんです」
たったそれだけ。自分の言葉が明らかな言い訳で、そんなことを口にしている自分が負け犬だと思った。くやしくて、今でもはっきりと覚えている。

その後もすぐに動き出せた訳じゃない。悶々としていた。きっかけも見つけられない。でも自分のやりたいことに対して明確に動こうと思っていた。
ある時、誘われた面白い人が集まるという飲み会に出かけていき、まちづくりの活動を仕事にしている人に出会い、押し掛けて2週間インターンシップをさせてもらい、そのまま大学院を休学してそこで1年間働かせてもらった。それが人生を変えた経験だった(まだわずか30年だけれど)。

今思えば、自分がやりたい事に対して、今の自分に足りないものが、もっとも学べて、経験できる一歩だった。やりたい事に対して、今自分に足りないものを洗い出し、それを解決する行動を起こすこと。これが「動く」ことの基本動作だろう。それを分かっていた訳ではない。ただのラッキーだった。

では、今はどうか。これって基本だけれど、日常に埋没していたら見失う事も多い。
常に動かないと駄目だ。仕事も人生もこれの繰り返しだな~。
小さな頃から文をかくことが苦手だった。
夏休みの読書感想文は、巻末にある偉い人の解説を読み、あらすじを書き「とってもおもしろかったです」と締める代物だ。当然、良い評価をもらったことはない。
文字も汚い。見かねた母が習字を習わせたが無駄だった。嫌々5年も通ったが3年目あたりから、字の汚さは遺伝だから仕方ないと思うようにした。5年間の成果で2段という名誉をいただいたが、今ではちょっと自虐的な笑いのネタにしかならない。「これでも2段なんやぞ」。

そんな僕が、今、フリーマガジンの編集長なんてやっているのだから人生は分からない。
もちろん、大学時代に論文を書いた事で、驚異的に文章が上達したとかそんなことはない。本当に苦手のままこの仕事を始めてしまったのだ。もともとこのフリーマガジンは、関市民のボランティア編集メンバーが取材をして記事を書いてもらうため、自分でかくことは少ない。しかしそうは言っても書く機会は無数にあるのだ。その度に時間を費やし苦悩している。

なんとかしなければという想いで「文章の書き方」という本を何冊も購入した。講習にも行った事がある。やっぱり、一番身に付くのは実際にかくことなのだ。それもただなんとなく書いていたのでは上達も無い。僕は、作家さんのまねをして書くようにしている。エッセイを読んでいいなと思った雰囲気をまねて書いてみる。すると不思議となんかいい感じに書けた気がしてくるのだ。だから良いエッセイに出会うと、パクってみたい・・・いやまねしてみたいという想いが湧いてくる。

まねだけでは駄目な事は分かっている。でもまずはまねから。面白くて、想いが伝わる自分らしい文章が作られるように。このブログは、キタムラの文章の試着室。

このブログさっき読んだエッセイがよかったもんだかから、勢いではじめてしまったが、次はいつになるか分からない。